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 修繕屋の老人に聞いたところによると、この辺の路地にその店はあるという。
 路地は入り組んでいて、土地勘のない人間は難儀するだろう。タリカーンはまだこの街に来たことがあったので、少し迷っただけで、目当ての店を探し当てることができた。ここだ。

   "護身具・武器 イザリア"
 扉を押し開けて入ると、いきなり探していた青いローブの背中を発見した。
 眺めていた籠手(こて)から目を離した少年が、ぎょっとしたように目を大きく見開いた。
「……なんでここが?」
「色々便利なつてがあるの。何?それが欲しいの?」
 なれなれしく近寄って来たタリカーンに対し、少年は言葉を濁してその商品を棚に戻した。
「いや、そういうわけじゃなくて…。…まだ僕について来る気なのか?」
 店の奥では店番らしき女が興味しんしんに二人の様子を見守っている。その視線がうっとうしいのか、少年が外へ出ようと身振りでうながした。
「あんたのしつこさは天下一だな」
 路地に出ると、少年は皮肉っぽくそう言った。
 タリカーンは路地にもたれた。路地の間にはヒモがぶら下がり、様々な色の洗濯物が垂れている。そこに二階の窓からさらに洗濯物を干している女を見つめながら、タリカーンは口を開いた。
「それもこの街までだよ。――まさかとは思うけど、ユバ村の村長さんの親戚を忘れてやしないかと思ってね」
「まさか」少年がとげのある口調で返す。「せっかくおせっかいな誰かから解放されたから、ひさしぶりに自由に動こうと思って羽を伸ばしていたんだよ」
「それならいい。…じゃ、行こうか。あちらは訪問してくることを知らないんだから、早いうちに訪問した方がいい。善は急げ、てなもんだ」
 少年はあいまいにうなずき返した。


「……本当にここなのか?」
 タリカーンはしばらく沈黙を守ってから、やっと一つうなずいた。「そうだよ。私はちゃんと道を聞いてきたんだから」
 その言葉に力がないのが、自分でも分かる。
 タリカーンは、ついでにウィキンたちにユバ村の村長の親戚の名前を教え、どこに住んでいるか教えてくれないかと頼んでいた。そのため、探し当てるのは容易だったわけだが…。

 目の前に立っているのは豪邸だった。
 周りを見ても、手入れは悪いが、広い庭が広がっているだけ。ご丁寧に数頭の馬の繋がれた馬小屋まである。いや、まったく石造りの屋敷は大勢の人民を動員した血と汗を搾り取ってできたたまものだし、丘に偉そうにそびえている風情なんかも、立派過ぎて平民は気後れするほどだ。
 こんな立派な屋敷に足を踏み入れたことがないタリカーンは、どうしても扉を叩いてみる勇気が出なかった。
(もし間違っていたらどうしよう……平伏して逃げるしかあるまい)
 こんな屋敷に勤めている召使いなら、自分より上等な人種のはずだ。平民の彼女としては色々不安にならざるをえなかった。身の程知らずと怒鳴られたりしないだろうか。
 しかし少年はきっぱりしたものだった。
 怖気づいているタリカーンを横目で見やり、ため息をついて前に出る。
「来た以上、行くしかないだろう」
 少年はためらいなく剣で扉を叩いた。
 タリカーンは少年の度胸の良さに目を輝かせた。頼もしいと思ったのは初めてだ。
「なんて勇気があるの。誰にでも長所ってあるもんだね」
 嬉しさのあまり口を滑らせてしまったタリカーンに対し、少年が振り返ってかみついた。
「何だと?」
 ちょうど扉が開き、中から不思議そうな顔をした召使いが顔をのぞかせた。
「……どなた様ですか?」
「いや!はい、わたくしどなた様でもこなた様でもございませんが、しがない旅の吟遊詩人でして名乗るのも恥ずかしい者なのですが、いや、はい…!」
 タリカーンは緊張のあまりわけの分からないことを口走っていた。
 その横では少年が恥ずかしそうにうつむいていた。いや、肩がかすかに震えていたから笑っていたのかもしれない。
「はあ……」召使いはおかしな吟遊詩人に、目を点にしている。
 気を取り直した少年が咳払いし、顔を上げた。
「…失礼しました。僕たちはユバ村のゴルダオ村長から、こちらのクワット・エイターさまに用があって参ったものです。エイターさまはいらっしゃるでしょうか?」
「ゴルダオ村長……ああ、エイター様の甥の…。ええ、今取り次ぎますので、しばしここでお待ちを」
 召使いは折り目正しく礼を取り、扉を閉めた。
 扉が閉まるやいなや、興奮したタリカーンは少年をつかまえてまくしたてた。
「ねえねえ、今の見た?上品なお館では、扉の閉め方も上品だね!「スーッ」って、こう、音がしにくいように閉めたよ。私たちなんてバタン!だもんね、バタン!」
「…やめてくれないか、その田舎根性丸出しなの。一緒にいるこっちが恥ずかしい」
 少年が本当に嫌そうに距離をとった。タリカーンは顔を赤らめた。
「何さ。横で笑ってたくせに」
 少年は無言で正面を向いた。否定しないところを見ると、やはり笑っていたらしい。この野郎。
 召使いはあまり間をおかずに戻って来て、無表情に二人を通した。
「どうぞ。ご案内いたします」
 少年は屋敷内に迷いなく進んだ。その後ろからおっかなびっくりタリカーンがついてゆく。
 二人が通されたのは玄関を通ってすぐ入った、地味な小部屋で、少し意匠の凝ったテーブルと椅子が置かれてある他は、とりたてて物のない簡素な部屋だった。位のあまり高くない客を通すための客間ではないかと思われた。
 少年は椅子に浅く腰掛け、何もないところを睨んでいる。タリカーンは上等そうな絨毯を踏むのに気が引けて、中央は避け、奥の壁にある窓から外を見下ろした。
「やー…いい天気。世界はすっかり牛の乳の出がよくなる季節だね」
 しばらく独り言を言い続けて退屈をまぎらわしていたタリカーンも、そのうち遠慮していたのが馬鹿馬鹿しくなってきて自分も椅子に腰掛けた。
「やっぱり座ろうっと。絨毯を汚い靴で汚したらいけないと思ってたけど、旅で疲れてるもんね。遠慮なんてしないよ」
「別に、最初から誰も遠慮しろなんて強制してないぞ」少年の返事は冷たかった。
 タリカーンはしばらく大人しく座っていた。これ以上うっかりしたことを言って突っぱねられてはたまらない。
 しかし彼女の我慢の限界は早かった。
「――…ところでさ、」
「あんたもめげないな」少年が出る杭は打てとばかりに睨みつけてきた。「…こっちは考え事してるんだ。静かにするっていう一番単純なこともできないのか?」
 タリカーンは今度こそ大人しくなった。どうも自分の性格は騒がし過ぎるようだ。
 しばらく沈黙が続いた後、タリカーンははっと目を開いた。
 一瞬寝ていたようだ。慌てて頭を振ろうとした時、テーブルの下、向こう側に人の足が見えた。
「あ、来たみたいだよ」
 召使いが呼びに来たと思ったタリカーンは、少年の注意を引いた。
「なんて?」少年が聞き返す。
 タリカーンは立っている相手を見る。「いよいよエイター様に会えるんだね…」
 やけにほっそりした足だな、とは思っていたが、相手は女だった。美しい。女はタリカーンに向かってにこりと微笑んだ。さっきの召使いは無愛想な男だったが、彼はどうしたんだろうか。
 よく見ると女は手に円い弓を持っている。室内で何を持っているのかと、いやこのように可憐な美人が何故持っているのかと、タリカーンは二度驚いた。
 なんとも不釣合いではないか。しかも女性の背後には美しい白い木があるが、そんなもの室内に植えたら不自然極まりなく――…
 ようやくその女性が立っている景色が外で、自分は木漏れ日の爽やかな森の中の光景にいるのだと気づく。
 女性は若く、大人びた雰囲気だが顔立ちには幼さが残っていた。その指が円い弓をなぞった。祈りを込めるようにその唇が何事かをささやいた。その後方には目立たなかったが、泉がある。冷たそうな水が輝いていた。
「どうかしたか?」
 気がつけば、少年が不審さをあらわにタリカーンの横顔を凝視していた。
 タリカーンは慌てて少年に手を振った。ちょっと怪しいぐらい大丈夫だと強調してしまう。
「起きながら寝るクセでもあるのか?」少年がたずねてきた。
「大丈夫、ちょっと寝てたみたい…ぼうっとしてて…」
 とりつくろうように少年に顔を向けたタリカーンは、あ、駄目だ。と目をつぶりたくなった。
 少年がいるのは室内なのに、何故かそこに夜の景色が見えるのだ。
(今日は多いな…)
 あきらめてその光景に目をやると。そこはどこかの、石壁の横にある、草の生い茂った荒れた場所だった。低木で外との境界が囲われているようだ。月夜らしい。あまり目を凝らさなくても様子が分かる。
 石の壁から三歩離れた場所に、突然矢が突き立った。近くに二本目、三本目が刺さる。その景色が激しくぶれる。低木が揺れる。人が飛び出して来た!
 その瞬間を目にすると同時に、タリカーンは奇妙なものを見る目でこちらを見つめている少年の顔も見ていた。少年が口を開く。
「本当に寝ているのか?」
 タリカーンは現実に戻った。集中が途切れたせいか、少年に重なって見えていた光景が失せた。
「……いいとこだったのに」タリカーンは恨みがましく呟いた。
「何?なんだって?あんた、一体どうしたんだ。様子がおかし過ぎるぞ。病気か?」
「失礼な。心配してるのなら、もうちょっと優しい言葉で聞いて欲しいね」
「誰があんたの心配をする?病気なら医者を呼んだらどうだ」
 その時少年の後ろの扉が開いた。さっきの召使いが現れる。
「エイター様がお会いになられるそうです。身支度を整え、お越しください」そう告げると、召使いは扉を開いた姿勢でそのまま二人を待った。
 タリカーンは慌てて髪などを整え、少年におかしなところがないか見てくれと頼んだ。
「全部」
「……うるさい。こっちは真剣に心配してるんだから、もうちょっと親切な助言をしてくれたっていいじゃないか」
 意外にも少年はタリカーンの襟を指し、素直に教えた。
「襟が曲がってる」
「ありがとう」
「あと…顔はもう今さらどうしようもないな」
「私のありがとうを返せ、このへらず口!」タリカーンは少年をののしった。
 それまで黙っていた召使いが、ふいに口を挟んできた。
「――失礼ですが、そちらの方は遠方よりいらっしゃったのですか?」
 少年に向かってたずねている。少年が振り返ってたずねた。
「何故だ?」
「この辺りでは、扉が傷むので剣などで扉を叩くことはいたしません。他へ行かれる時もしない方がいいでしょう。ほめられたやり方ではありません」
 少年はそれを聞いてちょっと黙った。
「そうか」
 廊下を歩いている時、タリカーンは少年に勝ったと思って笑った。
「普通、扉は剣で叩かないでしょう。手でノックするか、声を上げるのが常識。そりゃ、年取ってる人ほど剣で叩く習慣があるみたいだけどね。それか、よそから来た人か。…そういえば、今さらだけどクェマリルさんはどこから来たの?ひょっとして、遠い地方から来てるの?」
 あまりにきれいなウラム語を話しているので大陸の中央の出身だと思っていたが、実は別の地方から来ているのだろうか。


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