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 その晩は贅沢な夕食がふるまわれた。
 市長は庶務で夕食の相手はできないと断ってきたが、タリカーンは市長に応対してもらおうなどとは思ってもみなかったので、その言葉がかけられただけで感激だった。

 少年はというと、無感動に馳走を食べ、当然のような顔をして部屋の中をうろついていた。
「この部屋は襲撃された場合、不利だ。部屋を移してもらわないか?」
 どうやらうろついていたのではなく、部屋を点検していたらしい少年がそう提案したので、タリカーンは何をぜいたくな、と一蹴した。
「泊めていただけるだけでもありがたいのに、何を寝言を言っているの。どうしても不安なら、隣の私の部屋と変わりなさい。まだ階段に近い」
 少年は不服そうだったが、承知した。もう一度部屋のことで市長に頼みに行くのは気が進まなかったのは同じなのだろう。

「聞きたいことがあるんだが…」
 少年は窓の近くの三脚の椅子に腰かけると、改まった口調で切り出した。
「何?」
「僕を武器屋で見つけた時、『つて』がどうのと言っていたな。あれはなんのことだ?」
 昔の友人について説明するのも面倒くさかったタリカーンは、はぐらかした。
「この街では顔がきくんだ。知り合いにちょっと頼んだんだよ。便利でしょう?」
 少年はごまかされなかった。
「そのつてってのは誰のことだ?そいつは僕があそこに居ると、どうして知っていた?」
 タリカーンは少年の真剣なまなざしを見て、茶化してごまかすのはあきらめた。
 しかし、情報屋のことは一般には広く知られていない。本当はあれは影でこっそりやる商売なのだ。誰かれかまわず教えてもよい事柄ではなかった。
 答えないタリカーンを問い詰めても時間の無駄だと判断したのか、少年が自論を述べ始めた。
「――…僕の予想どおりなら、その知り合いに僕を追っている連中が聞いた場合、僕の居所がばれる。もう一度聞くぞ、その知り合いってのは誰だ?信頼できる人間か?」
 タリカーンはハッとした。少年の言うとおりだ。
 まさしく少年を追っている、ああいう連中のために情報屋はあるといっても過言ではないのだ。
 情報屋は常に街を見張っている。中には、ああして出入りする人間をいちいちチェックしているような驚異的な情報網をもつ情報屋があるくらいだ。いつ少年の居所がばれてもおかしくはない。
「…あなたは、あのあなたを追っていた影のことを思い出しているんだね」
 あの夜街道を走り去った影。
 少年は、そしてタリカーンも、あれが少年を追っている連中だったのだろうと確信していた。その可能性は高い。
 少年はうなずいた。「そうだ。だから聞く。そのつてとはなんだ?」
「情報屋だ。…私の昔なじみがいるんだ。でも安心して。彼らには誰から依頼されても、あなたの情報はもらさないよう口止めしておいた。彼らは信頼できる。…もちろん、この街には別の情報屋もいるけど」
 少年はタリカーンから一通りの話を聞き、やはり、という合点のいった顔をした。彼は慎重な顔つきで考えこみだした。
「…あんたが情報を得て簡単に僕を探しあてたことからすると、あいつらがいつ僕に辿り着いても不思議ではなかったわけだ。――僕がこうして助かっているのは、幸運だというだけだ」
 少年は立ち上がり、窓辺に行った。外の庭の様子を窺う。「僕が正門から街に入ったところが見られていたと言ったね?今度からは常にフードを下ろしている必要がある。今までも時々はそうしていたが…油断できない」
 タリカーンは安心させるように言った。「でも、この街では彼ら以上に腕のいい情報屋はいないし、ここは安全だよ。今夜は安心できる」
 少年は窓辺から離れた。
「僕は自分の幸運を二度も三度も信じるつもりはない」
  タリカーンはしばらく頭の中で自分が得た情報を整理してみた。「…しかし、少なくともあの追っ手はあなたより先にこの街に入っている。その時情報屋にあなたの情報をたずねたとしても、あなたの情報が得られるわけがない」
 それに、ウィキンたちは明らかにクェマリルの情報は他の誰かから聞かれた様子はなかった。タリカーンは彼らを信頼していたので、もし他の人間もクェマリルを探していたとしたら、ほのめかしであれ、自分に教えないわけがないと自信をもって断言できた。
「だが、その後でも、もし僕に似た容姿の人間を街で発見したら教えるよう依頼していたとしたら?僕の居所はあいつらに筒抜けになる」
 タリカーンは黙り込んだ。とうとう言葉をもらす。
「…前から頭の回転の速そうな男だとは思っていたけど、まさか本当にそうだとは。クェマリルさん、やるねえ。ただの十四歳だと思っていたよ」
「あんたに褒められても全く嬉しくない」
 少年は立ち上がった。フードを下げ、顔を隠して戸口に向かう。
「あれ?どこ行くの?今夜はここにじっとしていたほうがいいと思うよ」
 少年は扉を押しながら振り返った。
「僕をその情報屋の所へ案内しろ。そいつらから情報を買ってやる」
 タリカーンは彼のせんとするところを理解し、口笛を吹いた。
「なるほどね。その手もあったか。獲物だって、じっと待っているだけが能じゃないものね」
 彼女もマントをはおり、トロポンをゆすって廊下へ出た。こうなれば、とことんウィキンたちを頼るしかない。


 それは、召使いに適当な事情を説明して、屋敷を出てすぐのことだった。
 タリカーンは物音を聞いた気がして立ち止まった。
 少年も気がついたらしく、足を止める。その目はすぐ近くの藪を睨んでいた。
 そこに誰がひそんでいるのだろう、とタリカーンが恐怖を感じたその時、高い声が上がった。
「ねえ、ほら、やっぱりあれって……!」
「ちょっと!…もう!言う前から音を立ててたじゃないの。あんた見張りに向いてないわよ」
 興奮しながら躍り出てきたのは、昼間情報屋のところで見た少年と少女だった。
 タリカーンは驚いてあっと叫んだ。
「――コロ!モズ!」
「こんばんは、お姉さん。僕たちお姉さんを探していたんです」
「まさかこんな立派なお屋敷に泊まるなんて思ってもみなかったから、どう連絡を取ろうかって今悩んでいたところなの」
 とたんに小鳥のようにかしましく喋り立てる子どもらに、タリカーンは慌てて二人の口をふさごうとした。
「と、とにかく、ここじゃまずいからどこか別へ……」
「ああ、そうね。そうした方がいいに決まってるわ。ね、コロ、あっちの繁みに行きましょう」
 どうやら仕切っているのはモズらしく、返事も聞かずにずんずん歩いて行く。
 コロの方は情けない顔でタリカーンを見上げた。「ごめん、お姉さん。あいつわがままだし勝手だし乱暴だし、でも頭いいから俺逆らえないんだ」
 それまで黙って辺りの様子を警戒していた少年が、コロに質問した。
「今の、お前の姉か?」
「え?いや、まあ…姉貴みたいなもんだけど」コロは戸惑ったように少年を見上げた。
 どうやらコロは、初対面の少年にどう対処すべきか迷っているらしい。ウィキンから言い含められていないことは、どうしていいか分からないのだ。
 とりあえず三人はモズの待っている繁みへ移動することにした。
 全員がその場へしゃがみこむと、コロは状況を話しだした。


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