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「――まずいことになったんだよ、詩人のお姉さん」
 コロはまず草地にあぐらをかくと、タリカーンと少年を交互に見やった。その横ではモズがすました顔で手ぐしで髪をといている。
「まずいこと?…ひょっとして、この人がらみ?」と、タリカーンは横の少年を指差した。少年は人を指差すな、とその手を下げさせた。
「そうなんだ。お姉さんがあそこを出てしばらくして、もう一人男が来たんだ。この人の……」
 と、顎で少年を指すコロ。少年がその顎をつかんで無理やり下げさせた。
「――痛いな、もう。やめろよ。…この人の特徴を言って、探せっていうんだ。ウィキンの兄さんは知らないってしらを切ったし、俺たちももちろんそんな人見た覚えがないって答えた。でもさ、その男他の“壁”にも依頼していたらしいんだよ」

 “壁”とは、情報屋を指す言葉だ。
 街に壁が張り巡っているように、その情報網が縦横無尽に街に広がっているからだろう。
 タリカーンはうなずいて先をうながした。
「それは何故分かったの?」
「そいつ本人が言ったんだよ。他の壁にも頼んでみたけど、いい情報が入らなかった、って。その時はそれで良かったんだけど、でも、後でもっと大変なことになったんだ」
 そこでモズが会話に加わった。
「その男の仲間らしいやつらが、この人のことを探しているの。どうやらそいつら、西で働いてるアビエタの壁にも依頼したらしくて、そこから情報をつかんだらしいのよ。で、アビエタの連中がなんか動いてるってんで、カナトルとエッサの兄さんが調べに出かけて、それがこの人のことを嗅ぎまわってるからなんだってことが分かったの」
 少年が身を乗り出した。「その連中は、今ここを見張っているのか?」
 モズは細い首を振った。
「いないはずよ。ウィキンが大丈夫だって言ってたもの。ウィキンは危ない場所には絶対私たちを送らないの。だからこの周辺には、まだ他の壁はいないはず」
 少年は元の場所に座って考えこみ出した。
 タリカーンが後を引き取ってモズにたずねた。
「そのクェマリルさんを追っている連中の目的は、なんだか分かる?今夜この屋敷にくる気だろうか?」
 モズはコロと顔を見合わせ、しばらく小声で何か相談していた。
 少しして結論が出たらしく、モズが代表で答えた。
「えっと、コロがマースの姉さんが話してるのを立ち聞きしたんだけど、――アビエタの壁には、あたしたちの仲間から出た人間もいるから、アビエタの情報はこっちにも流れてくるのね――姉さんはそれでアビエタの壁のやつらとは親しいの。で、そのアビエタの情報によると、そいつらは武器を整えて、今晩この屋敷を襲うつもりみたいよ」
「でも、来るなら深夜に来ると思うよ。今夜は月が明るいし、まだみんな起きてる時間だから」と、コロが引き取る。
「よくやった」
 突然少年が二人の頭に手をおき、わしゃわしゃと乱暴に撫でた。「それだけ情報が集まれば十分だ。大したもんだ。これで僕の考えは決まった」
 タリカーンはびっくりして少年を見ていた。人を褒めるところを初めて見た。
「でも、お兄さん、多勢に無勢だよ」コロが心配そうに言う。
「僕は迎え撃つつもりはない。今のうちに退路を確保しておく。――そこで、お前たちに頼みがある」
 少年にしては珍しく優しい言い方だった。こういう喋り方ができるなら、普段からすればいいのに、とタリカーンは驚いていた。
「お金はくれるの?」と、モズ。
「後でな。僕が逃げ延びた後でだ。僕は今夜この屋敷を抜け出す。もし向こうの人数に余裕があるなら、街から抜け出す道は見張っているだろう。正門は閉まっているから、街から出るには限られた道しかないに違いない。でも、お前たちなら知っている細い抜け道なんかがあるだろう。それを僕に教えてくれ」
 コロは迷ったように少年を見つめている。
「でも、お兄さんは――…」横のモズが何か言いかけ、眉をひそめて少年をじろじろ見出した。すぐにコロの耳に口を寄せ、何事かをささやく。
「ね、いけると思う?……だってこれじゃさ…」
「キツくても……まだ…問題は……」コロも小さな声で応じた。
 少しして、ひそひそ話の結論が出たらしく、モズが少年に顔を戻した。「――うん、いいよ。あたしたちの知ってる抜け道を教えるわ。けど、お兄さんだと体格がぎりぎりなの。本当に通れるかどうかは分からないから」
「うん、それでいい。僕はなんとでもする。あとは、どうやって連絡をとるかだが――…」
 少年はそこで口をつぐんだ。
 全員が不思議に思って彼の顔を見守ると、少年は黙って口に人差し指をあて、目で黙っているように合図した。
 しばらくして、かすかな物音が聞こえてきた。
 元から小さい子どもらはいいとして、長身の少年は完璧に隠れるべく、腹ばいになった。静かに伏せるよう、横で座っていたタリカーンにも合図を送る。タリカーンは黙って言われたとおりにした。
 四人は息を殺して藪の陰にひそんでいた。
 やがて人の話し声のようなものが風にのって聞こえたが、その声量はかすかなものだった。内容までは聞き取れない。声からすると二人組らしかった。
 その内の一人と思われる誰かが、屋敷の方へ…こちらへ近づいてくる足音がした。


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