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  壁と壁の隙間の細い抜け道を通り抜けて、外壁の崩れた穴をくぐると、一行はジャインタインの街の外に出ることができた。
 そこから一日かけて歩いた草原で、四人は徹夜で動かしていた体を休め、短い休息をとった。
 そして、タリカーンと少年は、カナトル、エッサという二人に同道してもらいながら、一日かけて草原を歩いた。
 やがて、周りには小さな群れかたまった林が点在するようになった。その緑の間を縫い、一行は歩き続けた。

 林は途切れがちに続いていたものが、しだいにうっそうと寄り集まって、今や深い森になっていた。
 先頭を歩き、時々棒切れで草むらを叩いて獣がいないか確認していたエッサが振り返った。
「――カナトル、お前の知り合いの家まであとどのくらいだ?」
 最後尾を歩いていたカナトルが答えた。「あと一時間もあれば着く」
 町に行くまでに、休憩する場所がほしい、と言ったエッサに、カナトルが、それなら泊まれる場所があると言い出したのだ。
「その知り合いってのは、なんでこんな森の中に住んでいるんだ?」エッサがたずねた。
「木こりなんだ」
「なるほど」
 タリカーンもたずねた。「どうしてその木こりと知り合いなの?」
 郊外の、言ってみればここは辺鄙な森の中だ。そう簡単に近づくようなところではない。
「……忘れた。気がついたらもう友達だったんだよ」
「カナトルはいっつもそんな感じだね」
 昔を知るタリカーンは驚くこともなかった。

 そんな風にとりとめのない会話を続けながら、一行は森を進んだ。
 土の香りが充満する森の道は細い。それでも人が通っている証拠に、歩きやすかった。
 踏み固められた地面に盛り上がる木の根がそここに見られるが、遠出に慣れている人間ばかりなので、特別難儀するということはなかった。


 木こりの家が見えてきた。
 木を組み合わさってできた家は長い風雨に耐え抜いてきたらしく、色が抜け落ちている。
 カナトルが扉の前に立ち、大きな拳で戸を叩いた。
「――おい!じいさん、俺だ。友達を連れてきた」
 しばらく間があって、小さな足音が近づいてくると、扉が細く開かれた。
 その隙間から、しわに埋もれた小さな目がのぞいた。
「…『俺だ』じゃ分からん、と、言いたいところだが……」
 その人物は扉を開ききりながら言った。「…お前の声だけは、他の誰にも聞き間違えようがないわい。何しに来た」
 ずいぶん背の低い人間だ。と、思ったら、腰が大きく曲がっているのだ。
 タリカーンはしわに埋もれた老人の眼を見ていて、はっとした。白目がない。獣のようにまっ黒な目が、しわの隅間からこちらを見上げている。
 亜人だ。一見すると小柄なただの老人に見えるが、おそらく、小人族と呼ばれる、へんくつなことで知られる種族だろう。
 つくづく、よくこういった種族と顔なじみになれるものだ、とタリカーンは古い友人に呆れ半分で感心した。
 カナトルは老人を見下ろして答えた。
「だから、友達を連れて来たんだ。泊めてくれよ。こいつ、困ってるんだ」
 老人はじろりとカナトルの後ろに目をやった。三人の姿を認めると、驚いたように目をみはった。
「お前……っ!三人もいるじゃないか。老い先短いわしの安穏とした生活を邪魔して、貴重なたくわえを出せというのかね?お前が来ると、いつも食い物が馬鹿みたいに減るんじゃ!」
 カナトルがちっともこたえていない様子で返す。
「じゃ、俺はここで帰るぜ。この二人だけでも泊めてやってくれよ。狙われているんだ」
 老人が眉をひそめた。彼はカナトルの指した少年とタリカーンに目をくれてから、カナトルに唾を飛ばした。
「あほ!わしの家をなんだと思ってるんじゃ!お前が家出した時に泊めてやったのは特別じゃわい。調子にのるな!」
 会話を側で聞いていたエッサが反応した。
「家出って……。そうか、お前、都合が悪くなるといつもどこかへ行方をくらましていたな。このご隠居にやっかいになっていたんだな」
「わしはご隠居なんぞではないわい」老人がぶつくさひげの奥で呟いた。
「じいさん、泊めてくれないのか?」
 カナトルはがっかりしたように眉を八の字にした。悲しそうな小さな瞳が老人を見つめる。
「……お前に食事は出さんぞ。まあいい、入れ」
 老人は観念したように身を引き、戸口を空けた。
「じいさん!やっぱり俺が思ってたとおりだ。じいさんは頼んだら絶対泊めてくれるって知ってたぜ」
 エッサが後ろからカナトルの頭を叩いた。「あ、り、が、と、う、ございますだろ。調子にのるな」
「いて!俺の頭を叩くな!俺の手柄だぞ。お前こそ俺に感謝しろ」
「馬鹿言え!ご隠居の親切のたまものだ。誰がお前に感謝するか」エッサが言い返す。
「わしはまだ隠居しとらん!現役バリバリじゃい!」
 何故か老人が口論に加わり、一気ににぎやかになった森に、少年が所在なげに立っていた。置いていかれて口を挟むタイミングを逃したらしい。
 タリカーンは少年の肩を叩いた。「良かったね」
「こいつらは静かにするってことを知らないらしいな」少年はうんざりした口調で言った。「僕一人で十分だったのに。…あんたたち、もう帰ってもいいんだぞ」
 その言葉にかちんときたタリカーンは微笑んだ。「…いーえ!お付き合いさせていただきます。乗りかかった船だ、仲良くしようじゃない?」
 少年はため息をつき、陰鬱な表情でうつむいた。


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