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 食卓の席では、老人が主役だった。もちろん口出しなど認めなかった。
「――いいか、お前たち。森で得たものは、全て森が授けてくれたものじゃ。森に感謝を捧げ、今日も無事生きられたことに感謝を捧げ、そして食べ物に口をつけるんじゃ」
 例を示すために率先して手を組み、なにやら感謝の言葉を捧げる老人。
 老人のはす向かいのカナトルが待ちきれずに叫んだ。
「もういいか、じいさん?」
 老人は目をかっと見開き、フォークを手にとって振り回した。
「…お前はなんにも聞いとらんのか!この家に居る以上、わしがいいと言うまで勝手なことをするなと、いつも言っておろう!…その脳みそには何がつまっておる?肉か?そうだ、腐った肉に違いない」
 横に座っていたエッサが申し訳なさそうな顔をして、カナトルを肘で小突いた。
「…すいません、おじいさん。こいつは本当に学習能力のないやつでして」それからにこやかに笑ってつけ加える。「――では、もう口をつけても?」
「まだだと言っておろうが!お前も何を聞いておる!」
 同じく老人のはす向かいで、カナトルの向かいでもある位置に座っていた少年がため息をこぼした。
 横にいたタリカーンは耳ざとくそれを拾った。
「黙っていなよ。この家ではおじいさんが主人でいらっしゃるんだから」
「それぐらい僕もわきまえている」
 タリカーンが小声で忠告すると、即座に少年が返した。
 耳がいいらしい老人が二人を睨んだ。
「わしの前でこそこそ話をするでない。気分が悪い。それは卑怯者がすることじゃ」
 少年がむっとして口ごたえした。「僕は卑怯者ではありません」
「そうか、なら黙っておれ。――やれやれ、怒ったせいでひどく腹が減ったわい。……森の精霊さま、本日もこのセヌーブは、ありがたくあなた様の下さった糧(かて)をいただきました。感謝いたします…」
 老人の長い感謝の言葉が始まった。
 腹の空いている四人はじれったく思いながら老人の真似をし、手を組んで森に感謝を捧げるふりをして終わるのを待っていた。
 エッサはそわそわしながら口早に何か呟いている。
 向かいにいたタリカーンは、彼が何を言っているか聞き取れた。
「……このエッサ、一日かけてやっとの思いでここまで参りました。森の精さま、私は非常に非常に腹が減っております。もう十分感謝しました。ほんとに腹が空きました。もう食べていいですか?食べていいはずですよね。さっきからおじいさんの感謝の言葉は長過ぎです。私は腹を空かしております。うろのぽっかり空いた木も同然、倒れる寸前です。感謝を捧げるのは食後でも間に合います」
 聞いてしまったらしいカナトルが、こらえきれずに笑い出した。目に涙を浮かべてエッサを叩く。
「馬鹿野郎っ、お前、笑わすなよ!」
「うるさいぞ!何がおかしい!」かんかんになった老人が立ち上がった。
 タリカーンは苦笑してそれを見守っていた。ふと隣を見ると、少年が黙って顔をうつむけていた。少年もエッサの言葉が聞こえていたらしい。
「あ、笑ってる?」
 口に出してから、タリカーンは失敗したと思った。少年がすぐに無表情に戻った顔を上げて、馬鹿にしたようにタリカーンを見たからだ。
「誰が?」
「……なんでもないよ」
 この高慢な顔つきさえなかったら可愛いのに、と内心思いつつも、タリカーンは見なかったふりをしてあげた。

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 老人が用意したウサギのシチューはおいしかった。材料は全部森から貰ったものだ、と老人は胸をはった。
 食事が終わると、寝不足の一行は早々に寝ることにした。タリカーンだけ女なので特別に老人の寝室を譲ってもらって、あとの人間は食卓のある部屋で雑魚寝することになった。
 タリカーンは疲れた体をほぐすため体操を始めた。
 隣の部屋とは、戸口の布で仕切られただけなので、やかましい騒ぎがそのまま聞こえてくる。

「……じいさん、この部屋狭すぎるぜ。俺にどこに寝ろっていうんだ?」
 誰の声かはすぐ分かる。タリカーンは思わず微笑んだ。
「やかましわい。テーブルを外に出すんじゃ。それぐらい頭を働かせろ」
「あ、なるほど。じいさん、あったまいいなー」と、感心したようなカナトル。
「セヌーブさん。あの、私はもちろんこれで大満足しているんですが……」と、戸惑ったようなエッサの声。「…毛布は一枚もないのですか?外套も?…あ、誤解しないでください。今は春です。毛布なんかなくとも平気ですから」
 さっき老人に説教されたことがこたえているのか、かなり恐縮したようにうかがう声がおかしい。
「お前たちはほんとにうるさいのお。毛布ならさっき吟遊詩人の姉ちゃんに貸したっきりじゃ。文句はカナトルだけで十分じゃ。お前だけ外で寝て来てもかまわんのだぞ」
「いや、だから誤解しないでくださいって言ったじゃないですか!」エッサは悲鳴に近い声で叫んだ。「この部屋を提供してくださっただけでも感激ですよ!…私はあそこの壁で寝ますから。おじいさんはそこに横になってくださいね」
「なんじゃ、わしから一番離れた場所で寝たいのか。そうかそうか、年寄りはやかましいか。分かっとるぞ、お前はわしの小言が煙たいんじゃろ」
 とげのある老人の声に、慌てたようなエッサの声がかぶさる。
「…とんでもない誤解です!……私は耳がいいので、壁際の方が、誰か来た時すぐに気づくことができますから……」
「言い訳くさいぞ。騒がしいからもう黙ってろよ、エッサ」と、カナトル。
「お前にだけは言われたくない!」エッサが怒ったように言い返した。

 タリカーンは笑いながら他愛もない会話を聞いていたが、ふと少年の言葉だけ聞こえてこないことに気がついた。
 …まいったな、こんな時でも馴れ合うつもりはないっていうのか。タリカーンは眉を寄せた。一緒に一晩過ごす相手とくらい、話せばいいのに。

 突然老人が大きな声を出した。喧嘩しているカナトルとエッサを止めたのだ。
「やかましいと何度言ったら分かる!!…よろしい。そこの小僧、もうよい、わしは疲れてきた。お前が決めるんじゃ。こいつとこいつ、どっちが外で頭を冷やした方がよいかの」
 一斉にカナトルとエッサの抗議の声が上がったが、老人が一喝してそれを黙らせ、再び少年に聞いた。
「どうした、はよ答えんか」
「僕はそんなことに興味はありません」
 少年がようやく言葉を発した。いつもどおりの、冷ややかで人を寄せつけない言い方だ。
 突然エッサが、気味が悪いほど優しい、ねんごろな声を出した。「いいんだぞ、遠慮しなくても。ほら、この馬鹿が外で寝るにふさわしいと言ってやってくれ。君の判断は間違っていない」
 エッサめ、どこが大人になったんだ。壁越しに聞いていたタリカーンは苦笑した。
「黙れエッサ!…こいつだ、こいつが外に出て行くべきだ。お前、こいつだよ。あ、こいつの名前を知らないか。いいか。このうすのろはエッサだぞ、エッサ」
「お前こそ黙ってろ!…おい、君。こいつの名前が思い出せなくても問題ない。馬鹿な方が外で寝ろと言ってくれ。それで全て解決するから」
 再び喧嘩を始める二人の声。
 タリカーンは頭を押さえた。なにをやってるんだ。せっかく老人が話を振ってくれたのに、少年の答えるチャンスがなくなってしまったじゃないか。
 その時もう一度少年の声が響いた。
「そんなことどっちでもいい。僕には関わりのないことだ。勝手に決めろ」
 あまりにも冷ややかにつっぱねるような言い方に、三人が押し黙ったようだった。
 タリカーンは再び頭を押さえたくなった。どこまで人をはねのけるつもりなんだろう。小屋を貸してもらうという温情すら、あの少年の心を溶かせないようだ。あんな態度じゃ、永遠に誰とも親しくなれない。
 しばらく沈黙が続いてから、カナトルがこう口にした。
「――決まった。お前が外で寝ろ」


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