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 少年が怒った声で何か言い返した後、本当に外に行ってしまったので、それまで寝室に引っ込んでいたタリカーンは隣の部屋に飛び込んだ。
「――もう、馬鹿……っ!」
「うわ!なんだタリカーン!」びっくりしたカナトルが言った。
「狙われてるのは彼でしょうが!何追い出してるの!」
 タリカーンはすごい剣幕で二人を怒鳴りつけた後、外へ飛び出した。
 冷静になったらしいエッサが追いかけて来た。「…すまん、本当にあいつが出て行くと思わなかったから。からかったら面白い性格だな、とちょっと思ってしまって」
「…まったく、いい大人が、そろいもそろって!」走りながらタリカーンは叫ぶ。
 少年の姿は見あたらなかった。ちょっとの間なのに、どこへ消えてしまったのか。
「……面目ない」
 本気で恥じ入った様子のエッサが言葉尻をすぼめた。タリカーンはとりあえず立ち止まり、口に手をあてて大声で少年を呼んでみた。
「クェマリルさーーん!外は危ないから、帰っておいでー!」
 エッサが慌てて止めに入った。「そんな呼び方をしても、彼は出て来ないだろう。小さい子どもじゃないんだ。プライドだけは大きい奴らしいからな」
「あ、そうか」
 必要なことだけ叫んだつもりだが、言い方が悪かった。もう一度叫ぶ。「――早く戻って来てくれ!クェマリルさん!」
 反応がない。もしかしてすねているのだろうか。
 その間に、エッサがタリカーンにたずねた。
「なあ、タリカーン。あいつとはどういう知り合いなんだ?」
「え、何?急に。もしかして私に気があるの?」
「それは違う」きっぱりしたエッサの声。「どういう関係なのか気になったんだ。…こう言っちゃなんだが、ああいう向こう見ずで、鼻っ柱の高いやつってのは、旅をしてると長生きしないぞ。誰かやつに教えてやる、兄貴分の人間はいないのか?」
 村などで育てば、少年たちは、年長者や大人たちにしごかれて、時に鼻っ柱を折られて、成長するものだ。エッサもそうやって成長してきたのだろう。彼からすれば、少年の生意気さは心地よいものではなかった。
「私こそ、誰かにクェマリルさんを教育してもらいたいよ。いいや、彼がどこでどう育ったかなんて、さっぱり知らないんだ」
「へえ、つまり他人か?それなのに世話しているのか。どういういきさつで?」エッサが興味深そうに聞いてくる。
「まあ、行きがかり上ってやつかな」
「相変わらず、変なところでお人よしだな。君も長生きしないぞ」
 エッサは首を振ってそう言うと、口に手をあてて叫んだ。
「――おーい、出てこい!……いいか、どこのお大尽だか知らないがな、人の親切ってのはいつでもただ売りしてるってもんじゃないんだぞ。分かったら今すぐ出てこい!でないと、俺たちは今すぐ帰るからな!」
「ちょっと……」
 タリカーンが言いかけた時、ようやく少年が姿を現した。すぐ近くの木の陰に居たのだ。
 彼は眉をひそめてタリカーンたちを見た。
「…なんでわざわざ追いかけて来たんだ。うるさい部屋で寝るくらいなら、僕はこっちを選ぶね。帰りたいなら帰ればいい」
「ああ、居た居た。良かった。ほら、ごめんね。エッサを連れて来たから。こいつに謝らせるから」
 エッサが異議のある顔でタリカーンを見た。「俺が?何故?」
 少年も関係ない、と言って二人に歩み寄った。
「本気で外で寝る気はない。少なくとも小屋から離れるつもりはない。僕をそんなに馬鹿だと思っているのか?」
「そう?それ聞いて安心したよ。引っ込みがつかなくなったんじゃないかと思った」と、タリカーン。
 少年は誤解されて不服そうだった。怒りを抑えて繰り返す。
「誰がだって?…いいか、僕はああいう無駄な騒がしさが嫌いなんだ。これ以上不愉快な会話につき合っていると、こっちの頭まで腐る」
「不愉快な会話って……お前な」半分あきれ、半分怒ったようなエッサの声。「…短い付き合いだから黙っていようかと思っていたが、考えを変えたぞ。言い方に気をつけろ。今度俺を怒らすような言葉を使ったら、俺が口のきき方を教えてやる」
 不穏なエッサの言葉に不安を感じ、タリカーンが仲裁に入ろうとした時だった。
「――穏やかじゃないな」
 誰も帰って来ないので暇を持て余したらしいカナトルが、タリカーンたちの後ろに立っていた。
「こんな小僧の言うことにいちいち青筋を立てるなよ。エッサ、部屋に入れよ。あと、お前が外で寝ればいいと言ったのは冗談だからな。風邪引くぞ」
 カナトルはエッサに向かってそれを言いに来ただけらしかった。
 彼は興味のない人間のすることには関わらないたちなのである。この場でカナトルが関心を持つ人間といったら、友人のエッサのみだった。
「…私の心配はしてくれないの?」こういう時だけわざと女っぽい声色でタリカーンが言うと、
「お前は自分から飛び出して行ったんだろ」と、あっさり切り捨てるカナトル。「俺のエッサまで巻き込むなよ。エッサはお前に義理があるから飛び出してきたんだぞ」
「"俺のエッサ"!うわーっ、麗しい友情ー!涙が出てくるわ!そんでもって、あなた昔から私にだけは冷たいんだからね」
「うるさいな!…俺は昔からお前のそういう、なんでもすぐ茶化すところが嫌いなんだ!」カナトルは顔を赤くした。「…俺が好きなのは女らしい女だ!お前は嫌いだ!」
「私が女らしくないって?人が気にしてることを…あなたなんか、男とイチャイチャしていればいいんだ!」
 それを聞いてショックを受けたカナトルとエッサが互いを指差し、そっくりの表情で叫んだ。
「こいつと!?冗談じゃない!」
「俺だってごめんだ!お前と居ると、昔から誤解されるんだよ!『あんた、男が好きなの?』って!」
 カナトルの怒りに、エッサが怒鳴り返す。「こっちの台詞だ!お前のせいだぞ!」
 それまで黙って耐えていた少年が、とうとう怒りを爆発させた。
「いい加減にしてくれ!…いつまでくだらない会話を続ける気だ。あんたらの会話ときたら、聞くに堪えないね」
 カナトルは急に真顔に戻って少年に言った。
「…お前、つまんないやつだな。昔からそうなのか?」
 少年は何も答えなかった。彼は道をふさいでいたカナトルとエッサが大人しくなったのをいいことに、さっさと森小屋に向かって歩き出した。
 さんざん人を振り回しておいて、自分から帰ってしまうのか。疲れたタリカーンはもう何も言う気力がなかった。勝手なんだから。

 タリカーンは少し腹を立てていたので、隣の部屋が気味の悪い沈黙を守っていても、一向に意に介さなかった。男たちがどんなに気まずかろうが険悪な仲になろうが、知ったこっちゃない。一人だけ毛布にくるまって熟睡した。


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