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 翌朝、一同は意外な訪問者によって目を覚ました。

「カナトル!カナトル!…ここにいるのは分かってるんだ!…なんだ?このテーブルは。うっとうしいからあっちへどけろ。――おい、カナトル!それから他にも三人いるな?ここを開けろ!」
 タリカーンはびっくりして起き、上着をつっかけるや、隣の部屋へ飛び込んだ。
 老人をのぞく全員が起き上がり、迷惑そうに顔をしかめながらノックされる扉を見つめている。
 その扉越しに、中年の男のような声が途切れることなく叫んでいた。
「…カナトル!お前が何かっていうとこの場所へ来ていることぐらい、俺が知らないとでも思ったか。俺が来てやったぞ。…今すぐこの扉を開けないと、気の短い俺はぶち破ってしまうぞ!」
「それは困る」
 カナトルが扉を開き、いかにも渋った顔で声の主を出迎えた。
 タリカーンは驚いた。そこに過剰な自信に満ち溢れた男が立っていたのはともかく、その脇に小さな影が立っているのが目に入ったのだ。
「あ!……コ」
「コロ!どうしたんだ?」
 少年の方が早かった。少年はしかめっ面で戸口を見つめていたさっきとはうって変わって、びっくりした顔でコロに駆け寄った。
「……あ、お兄さん…いや、どうも」
 コロ少年は小さく挨拶した。横の人物に遠慮しているのか、声が小さい。
 やって来た高慢そうな男は、コロに合わせるように目を下げた。
 彼はこの中では一番背が高く、そのせいか上からのその目線に威圧感がある。
 彼はもったいぶった表情で口を開いた。
「お前が件の少年か。なるほど、生意気にも俺に近いぐらい背が高いな。確かに老けておる。――おっと、そうであった。カナトル、俺が連絡をつけに来てやったぞ」
 しかし、それを聞いてもカナトルは男を家の中へ入れようとはしなかった。
 かわりに迷惑そうに返事を返しただけだった。
「そうですか。―…で、何の用ですか?コエンテさん」
「馬鹿者!遠路はるばるここまで来てやった俺に対する、それがお前の返事か!」
 ずいぶん持って回った言いまわしである。男は憤慨してなおもカナトルに説教しようとした。
「……しーっ!しーっ!…じいさんが目覚めますよ!年寄りはなかなか寝つけないんだぜ!」
 慌てたカナトルは、コエンテというらしい男の口をふさごうとした。
「とりあえず俺を中に入れろ。こう寒くちゃかなわんわい」と、男。
「そりゃ、早朝ですからね。寒いですよ」
 叩き起こされた顔のまま近寄って来たエッサが呟いた。
「おお。エッサか。お前らはいつも一緒にいるんだな。仲を疑ってしまうぞ。お前らが怪しいって噂は、本当なのか?ん、どうだ?」
 高飛車な上におせっかいだ。エッサが急いで否定する。
「…馬鹿言わんでください!!ボス。冗談じゃありませんよ、あなたまで」
「もちろん冗談だ。もういい、ユーモアの通じないお前に用はない。いいから俺を中に入れろ」
 どこまでも自分中心に話を進めたがる男に対して、カナトルもエッサも呆れ顔で立ちつくした。
「なんだお前たち。俺の訪問に、ほう、もんくを言う気か?これはわしに対する嫌味か?いや、みそこなったね。嫌味だけに」
 よく分からない洒落を連発し、男が期待するように一同を見回した。

 場が凍りつく。
 鳥のはばたく音しか聞こえない。
 あまりに誰もなんにも言わないので、コロ少年がぼそりとフォローした。
「大爆笑ですよ」
「―…やかましい!!」
 何か察しているらしい男が悲鳴のような声を上げる。
 エッサが不自然に肩を揺らして口を三日月のようにぱっくり開けた。
「は、は、は、は…いや、まったく。ボスも、毎度うまいことおっしゃる。…で、何の用ですか?」
 男はエッサを睨みつけた。が、元通り不遜な顔に戻って告げる。「ああ、お前たちに情報を持って来たんだ。とりあえず、入るぞ」
 もう諦めたらしいカナトルが道を開け、どうぞと中へ招いた。
 男は当然のようにずんずん入り、呆けたように立っているタリカーンと、今だに眠り込んでいる老人を見つけた。
「なんだ、女が居るではないか。しかも…これ、なんて格好で人前に立つんだ。恥じらいを知れ、恥じらいを。人前には着替えてから出て来い」
 しょーもない洒落を連発するおっさんに恥を知れと言われても、全く説得力がない。
 タリカーンは黙って寝室に引っ返そうとした。ここは言うことを聞いたふりをして避難しようと思ったのだ。こんなわがままな男の話なんか聞きたくない。
 それをエッサは見逃さなかった。彼は男に椅子を勧めながらタリカーンの背中に声をかけた。
「タリカーン、着替えたらコエンテさんに何か用意してくれ。空腹でいらっしゃるだろうから」
「よく気がついた。お前もなかなか気配りができるようになったな」勘違いした男がしきりにうなずいた。
 
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 コロは少年の背中に逃げるように隠れ、何かというと自分は強制的に連れて来られたんだと強調した。
「ひどいんだって、コエンテさんは!道々俺につまんない冗談しか聞かせないんだ。いつもはそれでも馬鹿うけするヨイオイの兄さんがいるからいいけど、今日は俺一人だけだったんだぜ!地獄だよ。誰かあいつを止めてくれ」
「私はその馬鹿うけできるお兄さんに感激だね」
 朝食を準備しているタリカーンが感想を漏らした。
 三人は台所でコエンテの攻撃を逃れて固まっていた。台所は狭い。釜は外にあるぐらいだった。それでも、コエンテの相手をするよりずっとましだと全員思っていた。
 食卓の部屋からは、時々エッサの乾いた笑い声が聞こえてきていた。あんまり中身の空っぽな声なので、ちょっと気の毒になってくる。
「コロ、なんでお前まで来たんだ?あの男だけで十分だろう」少年がコロにたずねた。
 何故か少年は、子どものコロとモズにだけは優しいようだった。二人を相手にする時のみ、時々微笑みすら見せている。
 傍からそれをのぞき見しているタリカーンにしてみたら不気味だった。弟か妹でもいるんだろうか?
「いや、本当は俺一人で来るはずだったんだよ」
 コロは苦虫をかみ潰したような顔になった。
「でも、お兄さんたちがどこへ向かったのか分からなくてさ。そしたらコエンテさんが見当がつくって言ったんだ。そこで場所だけ教えればいいのに、自分も行くって大騒ぎし出して。しょうがないから、みんなはコエンテさんも連れて行って来いって言ったんだよ。みんなボスには逆らえないんだ」
 そうだろうな、あの性格じゃあな、とタリカーンはうなずいた。それからたずねた。
「あのコエンテさんって、いつから居るの?私、昔あの街でウィキンたちと遊んでいたけど、あの人には全然見覚えがないよ。最近来た人?」
 コロはびっくりして首を振った。「え、違うよ。昔からずっと居る人だよ。ウィキンの兄さんもそうだし、みんなあの人が育てたんだよ。…って、ウィキンの兄さんは言ってた。ああ見えて結構年とってるぜ。五十は過ぎてる」
 タリカーンは驚いた。五十!とてもそうは見えない。若く見える秘訣はなんだろうか。…やっぱり我慢せず好き放題やることか。タリカーンは本人に聞かなくても分かるような気がした。
「そうか、それは苦労するな」少年が同情するように言った。
「うん」コロはしみじみとうなずいた。
 そこへカナトルがやって来た。手ぶらであり、いかにも暇そうである。
「何しに来たんだ?」と、その様子をを見て少年が眉をひそめた。
「俺もお仲間に入れてもらおうと思ってさ」答えながらカナトルは火にかかっている鍋を覗き込み、満足そうに笑った。「うん、いい感じだな。タリカーン、ちゃんと俺がどれだけ食うか分かってるじゃないか。俺は四人分は食うぜ」
「知ってるよ。……え、てことは何?今コエンテさんの相手してるのって、エッサ一人なの?」
「ああ。置いて来た。あいつコエンテ得意だからな」
 と、あっさり肯定するカナトル。
 それはいくらなんでも薄情ではないか、とタリカーンは思った。
 少年もそう思っていることは顔つきから分かったが、しかし何も言わないことからして、タリカーンと同じようなことを考えているのだろう。自分が犠牲になるのはごめんだ。


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