<< prev top next >>


 村長は客人が一人増えたことについて迷惑がるどころか、かえって喜んで少年を歓迎した。
 タリカーンが、彼のことを、中々腕の立つ男で、そのせいで近くのごろつきから目をつけられているみたいなのだが、と事情を曲げて説明すると、頼もしく彼の安全を請け負った。胸を叩いて、「どんな悪たれにも我が家の敷居はまたがせん」と豪語し、一晩ゆっくりくつろぐよう二人をもてなした。

 明くる朝、タリカーンは不満そうな様子の少年を外に引っ張り出して相談した。
「――あの二人組には本当に見覚えがないんだね?」
「何が目的?あなたを傷つけること?」
「あの連中は、あなたがどこにいても追いかけてくるの?」
 しばらく黙秘を決め込んでいた少年も、しつこつたずねかけるタリカーンにやっと口を開いた。
「この先も僕の前にはああいう輩が邪魔してくるだろう。僕にとっては大した障害じゃない」
「ふーむ、すると……」タリカーンは少年の前半の言葉だけ聞いて考え込んだ。「クェマリルさんは誰かの怨みでも買っていらっしゃるようだね。こりゃ厄介だ。ロークタルクまで無事に着ける気かい?」
「もちろん」
「そこが恐ろしいよ。あなたは全然恐ろしいと思っていないんだ。…この先にはジャインタインの街がある。あそこでしばらく身を隠していたらどうかな?大きな街では、目立つということもないでしょう」
 少年は首を振った。「僕はあと二十日以内にロークタルクに着かねばならない。無駄な時間を使っている暇はない」
 タリカーンは眉をしかめた。
「…どういう事情があるかは聞かないけれど、この先もあんな襲撃に遭わねばならないというのは危険過ぎる。夜中に寝込みを襲われたらどうする?切り抜けられる自信がある?」
「でなければ、一人旅などできないだろう」
 少年はもういいか、というように身を翻すそぶりを見せた。タリカーンは去っていく少年の背中に呼びかけた。
「朝食の後、私から村長に提案することがある。あなたのためになる提案だ。いいね?」
「嫌だね」
 少年は振り返ることもなく答えた。タリカーンはそれでも引かない。
「いいね。あなたはこのままでは危険だ。…クェマリルさん!」
 とうとう返事をせずに去ってしまった少年を思って、タリカーンはため息をついた。

「ほお…。わしの知人にかね?」村長は興味をひかれたように言った。
「ええ。親戚とか、どなたでも構いません。実は彼、私の友人の弟なのですが、意地が強くってもう頑固で、人の話もろくに聞かないのです。ごろつきに狙われているのに大丈夫だと、根拠もなく言い張って―……」
 横に座る少年は不満の塊のようにして座っている。こちらを睨みつけてきたが、タリカーンは無視した。
 村長はそうかそうかとしきりに相づちを打っている。
 タリカーンはたたみかけるようにお願いした。
「虫のいいお願いとは分かっていますが、もしジャインタインに住んでいるお知り合いの方がいらしたら、ぜひご紹介願いたいのです。いや、まったく怖いもの知らずってのはどうにも…」
 村長は突然黙り込んでいる少年に目を向けた。
「君、いくつかね?」
「十四です」
 ほお、と村長は口をすぼめる。
「若いのー。いやいやその歳で旅とは大したもんだ。わしが十四の頃といったら―…」
「どうでしょうか?」
 話が長くなりそうなのでタリカーンが遮った。
「うん、そうだなあ……わしの叔父が一人で住んでいるから……叔父に頼むという手もあるのお」
「ありがとうございます」
 タリカーンはもう話が決まったかのように頭を下げた。押しの強さが相手にうんと言わせることもあるのだ。
 焦った少年が膝を乗り出した。村長が承諾するとは思っていなかったらしい。「ご老人…あの、僕は大丈夫です。彼女の言っていることは大げさで――…」
「だあーれがろーじんじゃ!馬鹿もん!」
 村長が腹を立てて少年を杖で殴った。
「…っ痛」
 痛そうな樫の杖で殴られ、少年は反射的に頭に手をやった。
「まったく、何かっていうと人を年寄扱いしおって……」どう見ても六十は越えている老人がひとしきり説教する。
 タリカーンは村長の家を出る時、深くお礼を述べて別れを告げた。
 少年は村長の家から離れると、たまっていた怒りを吐き出すように声を上げた。
「僕はああしてくれなんて、一言も頼んでいないぞ。…それにあんたのせいで殴られたし。勝手なことをして、どうしてくれるんだ?」
 タリカーンは手を上げて彼をなだめた。
「クェマリルさん。あなたね、私の貴重な経験から申し上げると、宿は安全ではない。中には親切な宿屋もあるけど、大抵客にごろつきがおしかけてきたって、誰も守っちゃくれない。それどころかさっさと通してしまう。寝ている時は一番危険だ。だから泊まるなら少しでも信頼できる場所がいい。力のある人ほど、メンツがあるから守ってくれるんだ。これを利用しなくてどうする?」
 少年はまだ腹立たしそうにタリカーンの先を黙って歩いていた。タリカーンはため息を吐いた。
「…――とにかく、村長さんがああして好意を見せてくださったんだから、それを無下にしないでよ」
「言われなくても、それぐらいは僕も心得ている」
 性根は相変わらず振り返りもせずに答える。タリカーンはやれやれと首を振る時、ふと、昨晩立ち寄った宿屋の前で浮足立った村人が集まっているのを目にした。何かあったのか、しきりに噂しあっている。
(夜のうちに来たんだな……)
 移っておいて正解だったわけだ。タリカーンは胸をなで下ろした。


<< prev top next >>