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 三人はタリカーンの歌に大満足だった。どうやら吟遊詩人の歌をまともに聞いたのは初めてらしく、三人ともこの珍しい体験を喜んだ。
 三人に案内されて庭に行くと、そこにさらに大勢の少女たちがいた。
 タリカーンは洪水のような質問攻めにあい、しばらく耳がまともに使えないと思った。
 そこでもまた全員がトロポンに興味を示したので、結局もう一度演奏することになった。少女たちは歓声を上げて喜び、胸を高鳴らせて耳を傾けた。
 しかし長い間娘たちの壁に囲まれていたタリカーンは、さすがに疲れを感じ始めていた。
 ちょっと疲れたので顔を洗いたいんだが、と言って、さりげなく一人になりたいというようなこともつけ加えると、みんな裏手にある水場を教えてくれた。そこには水脈から引いた水を飲める水場があった。

 タリカーンは教えてもらった場所へ行き、涼やかな水で顔を洗った。
 なんだか硬いような水の感触は不思議だったが、冷たくて気持ちが良かった。
「……ふう」
 息をつき、目についた木陰に行って腰を下ろした。
(……何しているんだろう、私)
 ロークタルクでしばらく稼いだら、西へ行くつもりだった。
 まだまだ行ったことのない土地はたくさんあり、そういう場所を転々としていくつもりだった。秋まではその辺りに留まり、冬が訪れる前に南下して、暖かい土地で過ごそうと計画していたのだが……。
 よく分からない縁により、自分は未知の世界に足を踏み入れている。相変わらず揺るぎの玉がどんな集団なのかピンとこず、得体がしれない組織であるという認識は変わらなかった。今夜一晩はいいとして、明日になったら意地でもここを出て行ってやる、とタリカーンは固く心に誓った。

「何してるんだ?」
 聞きなれた無愛想な声が降ってきた。
 タリカーンは目を上げてやって来る少年を見た。草を踏み越えて近づいて来る。
 仏頂面だし、面倒そうな顔をしているけども、わざわざ姿を現したことからみて、心配してやって来たのだろう。
 不機嫌になってた、とは言いづらいので適当な答えを探した。
「顔洗ってた」
「ふーん…。あいつらにしゃべり殺されたのかと思った」
 ユナンは隣に腰を下ろした。懐から出したナイフを持ち、もてあそぶように放り投げ出した。
「しゃべり…なんて?」と、タリカーン。
「あいつらは黙っていることができないんだ。あんた、死体みたいに木の下で固まっているから、あいつらの質問攻めで死んだのかと思った」
 タリカーンは笑った。なんともユナンらしいひねくれた言い方だと思った。
 出会った最初は、なんでも皮肉っぽく笑うユナンの根性が曲がっている、と思っていたが、この斜に構えたものの見方も面白い。これはこれで慣れると気持ちのいいものだった。
「――あなたは、あの女の子たちより大分大人しいね。反撃しないの?黙ってるなんて、男らしくないな」
 ユナンはうんざりした表情になった。
「反撃?口で勝てるかよ。さっきの見たろ?自分が正しい、としか言わないんだ。こっちが何言っても聞こえやしない。手を出したら、それこそ大騒ぎだ。相手にする方が間違ってるよ」
 タリカーンは笑ってユナンを小突いた。
「女性のことをそんな風に言っちゃいかんね。私も女ですけど」
「まさか」ユナンは大げさに驚いてみせた。
 ちょっとの間タリカーンが首を締めつけてやると、いい加減にしろ、と怒鳴ってユナンはそれを振りほどいた。タリカーンはふざけるのをやめて真面目な顔になった。
「ごめんね。あなたはけっこう面白い性格だから、からかいたくなるよ。…ところで、この里のことだけど」
 ユナンも普段の冷静な顔に戻った。
「――うん。僕はまさかこんなことになるなんて、予想外だった。…あんたがここに来ることは、あんたのためになるとは思えないけど――…」
 その歯にものの挟まったような言い方から、ユナンが自分がタリカーンを巻き込んでしまった、と感じているのが分かった。
 そのせいかどうか、タリカーンはあまり力を入れずに質問することができた。
「……怒ってないの?私が試練を邪魔したこと」
「別に。怒っても何も取り返せない」
 ユナンらしい返答だった。タリカーンは苦笑いした。そうかそうか、と呟いて自分の足を掻く。
「私は邪魔する気はなかった」
「知ってるよ」
 ユナンはそれ以上何も言わなかった。怒っているわけではないが、タリカーンに責任はないと助け船を出すつもりもなさそうだった。もちろんタリカーンにも責任はあったから。
 本当は謝りたいのにな、と悩みながらタリカーンは頭を掻いた。謝ってもユナンが許してくれるだけで、試練の合否は変わらない。タリカーンはこれ以上この話題を続けてよいものかと迷って、まったく関心のない景色に目をやっていた。
「――で、肝心なことだけど」
 突然ユナンが切り出し、タリカーンは横の少年へ首を巡らした。
「あんた、どうしてあの槍が倒れてくるって分かったんだ?…僕は忘れてないぞ。あんたはあの部屋に飛び込んで来た時、真っ先に僕の横を見て走って来た。あれは絶対、槍が倒れることを知っていなければできない動きだ。…赤の長たちだって、ほんとはあんたのことすごい疑ってる。それでもあんたにそれを追求しないのは――…」
「分かってるよ」タリカーンは遮った。分かりきった話を聞く気はない。
 彼女は昔から、自分は世渡りが下手だと思っていた。もっと器用であれば、この力を利用して全然別の人生を歩めたはずだ。「あれは、私の生まれもった力なんだ」
「力?」
 ユナンが身を乗り出した。目に興味の火がともり、明るくなる。
「……あなたたちの力とは全く異なる種類のものだ。言ったろう?私は勘がいいんだ。何故かね、災難のある前に時々胸騒ぎが起こるんだ。必ずではないけど。例えば昔、近所で火事があった時、私は朝から嫌な予感がしていた」
「それだけで説明はつかない」ユナンはきっぱり否定した。強い目でタリカーンを挑むように見る。
「僕も長老と同じ意見だ。あんたは大事なことを喋っちゃいないね。その予感は、漠然としたものではなく、もっとはっきりしたものなんじゃないのか?……例えば、そう、お告げとか」
 タリカーンは皮肉っぽく顔を歪めた。
「お告げ?馬鹿馬鹿しい。巫女の託宣じゃあるまいし、そんなものを信じているの?」
「あんたの予感だって同じようなものじゃないか」
「あんな世迷言とはわけが違うよ。一緒にしないで」
 かっかしたタリカーンはつい熱く返した。「私を魔術師やまじない師のような存在にしたいわけ?ああ、どうぞ。そう思いたいならご自由に」
「タリカーン」
 急にユナンがなだめるような声に切り替わった。彼にしては珍しい態度であったので、びっくりしたタリカーンは思わず彼と正面から目を合わせた。
「僕はあんたがどんな力をもっていようと、それを利用したりしないよ。……旅をしている間、あんたは何故僕が狙われているのか聞かなかったじゃないか。にもかかわらず助けた。そんな人間に、僕が仇で返すような真似をすると思っているのか?僕がそんな卑怯な人間だって思っていたのか?」
 だんだんユナンの口調は激したものへ変わっていった。彼は他の男のように、卑怯だと思われるのが一番嫌らしかった。
 しかしタリカーンは真っ向から否定することはできなかった。
「そんな問題じゃないよ。…あのね、付き合いの長くない人間にそうべちゃくちゃ自分のことを話したがる人間の方が普通じゃないでしょう。私はここまで話すのだってかなり嫌だったんだよ。これ以上詳しく話したって同じだし、話したくもないね」
 そっぽを向いたタリカーンに、ユナンは諦めたように身を引いて木にもたれた。が、彼は諦めたわけではなかった。
 ちょっと沈黙したのち、彼は呟いた。
「…僕が赤の長に言うと思ってる?」
「なんだって?」怒っていたタリカーンはろくに耳に入っていなかった。
「僕が赤の長に告げ口すると思っているのか?」ユナンはもう一度聞いた。
「いや、いや……関係ないよ。知らないよ、そんなの」
 怒っていたタリカーンはまともに返事を返さなかった。完全に気分を害していた。
 意外とユナンは好奇心の強い性格らしかった。ここまで隠されると、かえってタリカーンの秘密について探らねばならないような気持ちになったようだ。
「……タリカーン、僕はあの槍がどうして倒れたのか知っている」
 ユナンは突然低く呟いた。
 今度ばかりはタリカーンも振り向いた。
「あれは偶然じゃない」ユナンの瞳は真剣だった。
「…どうして倒れたのか…?どういうこと?」
 いつの間にか身を乗り出していたのはタリカーンの方だった。この時ユナンは、してやったり、と胸の内でガッツポーズをしていたに違いないが、表面はそんなことはおくびにも出さず、真剣な表情で話し続けた。
「あれは僕を狙ってやったんだ。相手は分かっている」
「なんですって?」タリカーンは飛び上がらんばかりに驚いた。「誰?誰がやったの?……いや、そんなことより、どうして相手が分かっているなら仕返ししないの?」
 ユナンはちょっと怒って彼女をにらみつけた。
「仕返しは絶対する。僕は黙っているような男ではない。…が、今は放っておく。またあっちから仕掛けてくるだろうからな」
 冷静になったタリカーンは元の姿勢に戻った。
「でも…本当なの?どうしてあれが人の仕業だって思うの?確かにタイミングは良かったけど」
「簡単だ。揺るぎの玉を使えば、ああいう小細工ができる。そして、ああいう小細工ができる卑怯なやつを僕は一人知っている」ユナンは自信たっぷりに言い切った。
 タリカーンは考えた。自分が教えてもらった揺るぎの玉の力は、"輝く日"、 "ことほぐ生"、それから青の長が言っていた、遠方と意思の伝達をする力。
「ユナン、教えて。揺るぎの玉の力は、全部でいくつあるの?」
 タリカーンが乗ってきたのを見て、ユナンは一瞬満足そうな笑みを浮かべた。不審な目を向けるタリカーンに気づき、慌てて表情を消したが。
「……そうだな。いいだろう」
 うなずいたユナンは立ち上がり、少し離れた地面に立った。立ち上がる時ついでに拾っておいた木の枝で、地面に図を描き始める。
「何してるの?」
「待ってろ。今説明してやるから」
 ユナンはもったいぶって教えてくれない。タリカーンは文句を言ったものの、出来上がった図を見てなんとなく察しがついた。
 地面に六つの円形が描かれていた。
「へえー、六つもあるの……どうでもいいけど、丸にしてはずいぶん歪んでいるね」
「うるさいな」ユナンは怒ったものの、すぐ地面に目を戻し、円形の中に文字を書き込んでいった。
 


   "ことほぐ生"、"輝ぐ日"、"揺るぐ水"、"やわらぐ土"、"とほる風"、"夢睦の白"



「以上だ。見たら大体どんな力か分かるだろう?」と、木の枝で肩を叩くユナン。
「……私、字読めないけど」
 落ち込んで肩を落としたタリカーンに、ユナンは驚いて目を見張った。
「字が読めない……?本当か?」
「字が読める人って、普通王様とか、本当に特別な人だよ。何にも知らないのね。どおりで宿舎に書物があったわけだ」
 ユナンは戸惑ったように呟いた。「そうなのか……?」
 タリカーンは恨めしい気持ちで、いやうらやましい気持ちでユナンを見た。字を教えてもらえるなんて、揺るぎの玉はいい所かもしれない。神聖な文字は特別な身分の証だった。
 ユナンは気を取り直して、左から順に声に出して文字を読んでいった。
「いいか、よく聞けよ。僕はなんども説明したくはないからな」
 ユナンはそう前置きして説明を始めた。
「――"ことほぐ生"は、さきほども言ったとおり生命力をつかさどるものだ。"輝ぐ日"も、光、つまり炎をおこす力だと言ったな。"揺るぐ水"は、水を操る力。――セイ、いや青の長が得意としてらっしゃるものだ。いざとなったら雨乞いさえできる。…成功することは難しいが。"やわらぐ土"は、大地に精通することができる。一番利用するのは、離れた場所の様子を探る時だな。地面に玉を埋めて手を当て、周囲の様子を探ったりすることができる。"とほる風"は、風を自由に操る力。その気になれば風に声を運ばせ、彼方の仲間に届けることができる。ただし、相手も揺るぎの玉を持っていなければ声は受け取れない。…で、最後の"夢睦の白"は、ここしばらくその使い手が現れていない不思議な力だ。聞いたところによると、この"夢睦の白"の力を使える者は、揺るぎの玉の中に未来を見ることができるらしい」
 タリカーンは思わず叫んだ。「――すごい!なんでもやりたい放題じゃない、揺るぎの玉って!」
 ユナンはその率直過ぎる意見を睨みつけた。
「悪用する者には、揺るぎの玉の長が罰を加える。よく覚えておけ」
「はいはい。そもそも私は揺るぎの玉に入るつもりはございません」おざなりに返事をして、それからタリカーンは眉をしかめる。「でも、今回はそれを悪用した人間がいるってことでしょう」
「ああ、そうだ」
 ユナンはこともなくうなずき、木の枝を投げ捨ててタリカーンに近づいた。
「どうやったかは分かっている。"やわらぐ土"で、床の振動から僕が机の前にまで移動したのを確かめ―もしかしたら、分かりやすいように床に何か仕込んでいたのかもしれない―、"とほる風"で槍を倒した。その場にいなくても僕を殺せる」
「長たちは?気がついていないの?」
 ユナンは首を振った。「何か引っかかっているかもしれないが、証拠がない。はっきりした確証がない以上、犯人を捜すことはないだろう」
 素っ気ない言い方だったので、彼が長たちには何も期待していないことが分かった。ユナンはさらに続けた。
「そして、誰がやったかは大体察しがついている。――命令したのは、別の人間だろうが」
 ユナンの声は冷え切っていた。ユナンの表情を見たタリカーンは、もし彼が復讐する時になったら、一切の容赦をせず手を下すだろう、と確信した。


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