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 翌朝、宿を出たタリカーンは空を見上げた。白い雲がまぶしい天気だ。今日かもしれない。

 街に出て、高い建物が集まっている地域へ行った。街の中心にはそういう建物がたくさんあった。
 三階建て以上の建物がたくさんあるという驚くべき景色は、大都市ならではの壮観だ。
 普通の町では高い建造物は二階建てがせいぜいだし、それもあまり見られない。
 農村では小屋のような小さな家が普通なのだから、外の世界を知らない田舎の百姓たちにしてみれば、こういう大都市は異世界のように思えるだろう。タリカーンはその圧巻の街の景色を見渡した。

 それらしい塔は二つか三つあった。
 どれだろうか。いや、あの映像が本当に塔の中だったかどうかも分からない。造りがそう見せていただけで、あれは外観は四角い建物かもしれなかった。
 しかし、タリカーンは必ずあの光景を目にすることになる。それだけははっきりしていた。

 さまよっていると、いつのまにか昼近くになっていた。
 いい加減に見つかってもよさそうなのに、と焦ってキョロキョロしていたタリカーンの目に、あるものが飛び込んできた。
 変わった形の茶色い屋根だった。
 …あれは!とタリカーンは思わず叫びそうになった。その方角へ駆ける。
 近くに行き、塔のような建物を探した。――二つある。
 よく見ると、そのうちの細い方の建物の上部には三角形の小さな窓が並んでいた。その形に見覚えがあったタリカーンは、迷わずその塔を目指した。

 塔に入ると、螺旋階段が上に続くがらんどうの空間が待っていた。
 階段脇にはおしゃべりしている子どもたちが座っていた。
 突然入って来た人間に気づき、その四人の子どもは一斉に顔を上げた。おしゃべりの途切れたせいで、なんとも言えない寒々しい空気が生まれた。
「……誰?」
 一人の少年がタリカーンを探るように見た。隣でしゃがんでいた少女が立ち上がる。
「あなた、見たことないわね。何しに来たの?ここには関係ない人は入っちゃいけないのよ」
 無理をすれば十代に見えないこともないタリカーンは、愛想笑いを浮かべた。
「…いや、関係ある。私もここに…試練を受けに来たんだ。上に行かなければならない」
 そのまま、何か言われる前にそそくさと階段に行こうとしたタリカーンの腕が捕まえられた。
 少年が険しい顔でタリカーンをのぞきこんだ。
「…やっぱり知らないやつだ。それに、仲間ならなんで楽器なんか持ってるんだ?お前、何を知ってる」
 タリカーンは無理やり相手の手を振りほどいた。なおも問い詰めようとする少年の先手を打ち、トロポンを大音量でかき鳴らす。
 一瞬びっくりした子どもたちの動きが止まった。
 タリカーンは脱兎のごとく階段を駆け上った。子どもらが追いかけてこようとしたので、荷物に詰め込んでいたゴミ――売れないこともない古布や端切れなど――を後ろにばらまいて逃げた。
 階段は長かった。
 子どもたちは怒って上ってくる。
 タリカーンと追いかける者の間には一定の距離があき、それは詰まることも開くこともなかった。
 必死で駆け上がり続けると、外からあの窓が見えた高さまで来た。その階にそれらしい扉があったので、タリカーンは一か八かそこに飛び込んでみた。

 息を切らして入って来たタリカーンに、室内にいた人間が目を見はった。
 ユナンだ。呆然としてタリカーンの姿を見ている。
 その向こうに立っていた男三人も、ぎょっとしたようにタリカーンを見つめた。何もかも見たとおりだ。
 それらにはかまわず飛び出したタリカーンは、危うくユナンの頭を割ろうとしていた槍を受け止め、それを投げ捨てた。
「――危なかった!」タリカーンはほっとしながら叫んだ。「……こんなにタイミングよく現れるなんて、まったくなんてかっこいい私なんでしょ」
「…何しに来た!」
 一瞬迫っていた槍をぎょっとして見ていたユナンも、すぐ顔を戻してタリカーンに怒鳴りつけた。
「――それに、なんでここが分かった?僕は教えていないはずだぞ」
 動揺した男たちが、机を回りこんでタリカーンたちに近づこうとしていた。
「…ユナン、それはお前の知り合いか?その人間は何者だ?」
「このことを外部の者に教えたのか?――まったく、とんだ愚かなことをしたものだ!」
「これはどういうことだ。早くそいつをどこかへ……いや、とにかくここから出て行かせるんだ」
 男たちは口々にユナンを非難するような口ぶりで話し、乱入者を当惑した視線で迎えた。
「……僕の責任では…いえ……やはり僕の失敗でした。すぐに責任を取ります」
 ユナンはタリカーンに向き直り、その腕を掴んだ。手に力がこもる。
「なんてことをしてくれた。どうやって嗅ぎつけたのか知らないが、あんたは僕の試練を台無しにしてくれた。出てってくれ」
「――待て。とりあえずその娘から話を聞こう。順序立てて、どうしてこんなことが起こったのか、説明してくれ」
 そのまま彼女を引きずって出て行こうとするユナンを、男の一人が止めた。
 三人の中でも中央に立ち、髪と髭に顔を囲むように覆われた恰幅のいい男だった。堂々とした体躯をしているため、髪に白いものがまじっていなければもっと若いと思っただろう。
 神経質そうな男がその指示に咎めるような目を向けたが、異議を唱えることはなかった。
 ユナンは戸惑って三人の男を見つめた。それからタリカーンの腕を離し、うつむいた。
「……申し訳ありません。こんなことになるとは…」

 なんだか自分はとんでもない過ちを犯してしまったらしい、とようやくタリカーンは気がついた。
 三人の男は厳しい表情で彼女を見つめている。タリカーンは自分が場違いに思えて、四人に取り巻かれた中で身を縮こまらせた。


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