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 恰幅のいい男が戸口に向かって言った。
「――お前たちは下へ戻りなさい。今度はちゃんと見張っているんだ」
 恐縮したような子どもたちの声が答え、タリカーンの背後で扉の閉まる音がした。
 そして、恰幅のいい男がタリカーンに向き直り、観察するように彼女を眺めた。
「お前はどうしてここへ来た。まずわけを話しなさい」
「…いや、その……」
 タリカーンは迷って視線を泳がせた。怪しい態度なのは分かるが、どうしようもない。「…なんと申しますか……ええと」
 男は緊張して立っているユナンに目を向けた。「お前の知り合いか?」
「はい。ここまで旅を共にしてきました。途中で知り合った旅人です。僕では不慣れなことがあったので、彼女はよく僕に手助けしてくれたと思います」
 ユナンはよどみなく答えた。何を聞かれるか予想していたようだ。
「ふむ。――外部の者の手助けを得てここまで来たことは、別に非難されることではない。それも手段の一つだ。では、何故その人間がここにいる?どうやって来た」
「…分かりません。僕は昨日彼女と別れ、この場所は教えていないはずですが…。彼女は全く関係のない人間です。何故このことを知ったのか…」
 タリカーンへの質問だったが、ユナンが答えた。しかし男は手でそれを制した。
「私はこの者に聞いている。お前は聞かれたことだけ答えるように」
 ユナンは黙った。
 男が続けた。「何故ここに来た?」
「……その、偶然彼がここに入っていくところを見かけて、興味が湧いたものですから。…何をしに行くんだろう、と思って。まさか何か大事なことをしているとは思わなかったのです…」
 タリカーンはつっかえながら話した。これでつじつまは合うだろう。
 それまで黙っていた暗そうな男が口を開いた。
「――待て。お前はここへ飛び込んできた時、迷いなく倒れかけていた槍の元へ走ったな。何があるか知っていたみたいじゃなかったか」
「下に居た子どもたちはどうした?入るなと止められたはずだ。それでもここまで来たからには、何か目的があったんじゃないのか?」
 同時に喋り出した神経質そうな男も、タリカーンを問いただした。
 タリカーンは言葉に詰まった。どうやってうまく説明をつけたらいいだろう。なんとか彼らを納得させねばならない。彼女はやっと口を開いた。
「……入ったら、どうしても上に何があるのか見たくなりました。下で止められましたが、引っ込みがつかなくなって。好奇心がまさりました。でも……」
 だんだん、何故自分が尋問されねばならないのか、とタリカーンは腹が立ってきた。
 おせっかいにしろ、彼女は純粋な親切心からユナンを探しに来ただけで、ここで起こっていたことには欠片も関心がないのだ。
 自分が不当な扱いを受けている、と思ってから怒りが沸騰するまでは、あっという間だった。
「――…なんですか、この扱いは。どうして私が責められるように質問責めを受けねばならないんですか?私は折りよくこの少年を助けたじゃないですか。感謝されこそすれ、責められるべきいわれはありません」
 急に強気になったタリカーンに対し、男たちは呆気にとられたように彼女を見つめた。
 ユナンが慌てて彼女の袖を引こうとした。しかしタリカーンはそれを振り払った。
「私は怒りました。これは横暴です。領事に訴えますよ」
 恰幅のいい男が答えた。
「――確かにそれはそうかもしれないが、お前は私たちの疑問に答えていない。答えたらすぐお前を帰そう」
「その態度はなんだ。お前は自分が何をしでかしたか分かっていない」と、まなじりを吊り上げた神経質そうな男。
 暗そうな男も口を出す。「それは問題のすり替えだ。重要なのは、これが私たちの大事な行事であるにも関わらず、部外者のお前が邪魔をしてしまったこと。その問題に目をつぶるのかね?」
 タリカーンはやり込められて黙った。
 ユナンが彼女をかばうように身をのり出した。
「まだ分からないこともありますが、彼女に悪意がないことは僕が保証します。彼女を帰してくれませんか?これ自体はささいな問題です」
「ささいだと?」と、かえって怒った神経質そうな男。「ユナン、口をつつしめ。これはお前のためでもあるのだぞ」
「まあ、そう怒るな。彼は自分で責任を取るというのだろう」と、暗そうな男がなだめる。
「ユナン…」恰幅のよい男がユナンに厳しい目を向けた。「これは前代未聞のことだ。我々は彼女を拘留し、尋問せねばならないかもしれない」
 タリカーンはそれを聞いて怒り狂った。
「あなた方にそんなことができると…?公平だと名高いこの街の領事さまが黙ってはいませんよ。訴えを聞けば、領事さまは誰が悪いのかすぐ分かってくださるでしょう」
 恰幅のいい男はかぶりを振った。「領事は我々に味方するだろう。お前を不利にする反抗的な態度はやめなさい」
 タリカーンは彼の言葉が本気らしいのを知って、腹立たしいのと不可解なので黙りこんだ。

 一目見た時から、男たちが位の高そうな、上品な空気を身に纏っているのは分かっていた。
 物腰は優雅で、身奇麗で、こき使われる労働者特有のせっかちなところもなく、その喋り方は威厳に満ちている。
 タリカーンはどうしてこんな男たちとユナンが知り合いなのか不思議だった。同郷だとしても、その関係が分からない。

 ユナンは苦りきった顔でタリカーンを見つめていた。どうして来たんだ、とその表情がもの語っていた。
 あなたを助けに来たんだよ、とタリカーンは言ってやりたかった。その代わりにそっぽを向いた。
「……よく分からないな。間者ではなさそうだが、目的が分からない」と、暗そうな男が呟いた。
 タリカーンの怒りはふつふつと沸き立っていた。こんな嬉しくない事態になるとは予想していなかった。

 だが、そこで、驚くようなことが起こった。
 机の上の布にくるまれた球体が、ほのかな光を発し始めたのだ。
 驚いたのはタリカーンだけではなかった。男たちとユナンも、びっくりしたように光を放つ球体状の何かを見つめている。布から漏れた光は断続的に輝いている。
「…誰だ?誰に反応しているんだ?」と、慌てたような暗い男。
「私ではない。誰かの強い感情に呼応している」神経質そうな男が神経質に玉を調べ出した。
 恰幅のよい男が彼から球体を取り上げ、おもむろにタリカーンに突きつけた。
「まさか……?」
 玉はひときわ輝いた。タリカーンは驚いて目を剥いた。
 不思議な光が自分の前で急に高まったので、恐ろしく不吉な現象だと思った。「な、なに何……?」
 三人の男はあきれたように顔を見合わせた。
 不安になったタリカーンは、同じく驚きあきれているユナンのフードを引っ張った。
「ね、ねえ…!ちょっとこれ何?怖いよ。寿命とか何か吸い取ってるんじゃないの?大丈夫なの?うわ、もういいから近づけないでよ」
「馬鹿かあんたは。そんな迷信じみた考えをもつな。この玉はそういう代物じゃない」
 ユナンは呆れて彼女を突き放した。
 神経質そうな男が再び玉を手に取り、布で覆った。タリカーンはほっとした。
 神経質そうな男は難しい顔で頭を掻いた。「…これはどうしたものか。赤の長、彼女は素質を持っているみたいですが」
 赤の長と呼ばれた恰幅のいい男はタリカーンを不思議そうに見ている。
「これはなんとしたことか。とても偶然とは思えんな。――このことは、長老におうかがいする必要がある。ユナン、この吟遊詩人の処分が決定するまで、お前がこの者の面倒をみよ」
「しかし、彼女は歳をとりすぎているようですが…」と、暗そうな男。
「ふむ。しかし、素質があるからには我々の手で審査する必要がある」恰幅のいい男が答えた。
 わけの分からないタリカーンはぽかんとしていた。


 やがて、彼女はいつの間にかユナンに引きずられて、別の部屋へ連れて来られていた。
「……僕はもうどうしたらいいんだ」
 ユナンは途方に暮れて額に手をやっていた。珍しく気弱そうな顔をしている。
「え?え?何が起こったの?」ぼうっとしていたタリカーンはようやく我に返った。何故自分がここに立っているのか一瞬分からなかった。
 ユナンは真剣な目になってタリカーンと向き合った。
「…長たちが僕たちのことについて説明しろと言われたので、僕が説明してやる。――あんたは、僕たち"揺るぎの玉"の世界に足を踏み入れてしまったんだ」
 タリカーンはほうけた顔で口を開いていた。ユナンが続ける。
「"揺るぎの玉"とは、さっきあんたが見たあの玉だ。あの玉は大昔からある貴重な水晶の欠片を削り、磨いてつくられた特別な玉だ。あの玉には不思議な力が宿っているんだ。限られた人間だけが、あの玉を使いこなすことができる」
 ユナンは咳払いした。分かりやすく説明するため、知っている情報を頭の中で整理しながら話している。
「何故、あの玉にそんな力があるのかは誰も知らない。分かっているのは、玉を操れる人間と、操れない人間がいるということ。僕たち"揺るぎの玉"は、小さい時長たちの審査を受けて認められた人間からなっている。長たちに育てられ、今回試練を受けて合格した者だけが自分だけの揺るぎの玉を持つことができる。一人前になった後は、各地の王族や豪族などに雇われて生活することになっている」
 タリカーンはユナンの話に衝撃を受けた。今までそんな秘密を一切漏らさなかったユナンに驚くとともに、まったく知らない未知の世界の話を本当だろうかと疑ってしまう。
 タリカーンが何か言う前に、その言わんとするところを表情から察したユナンがさらに続けた。
「僕たちは、王族など高い身分の人間の間では常識的な存在だ。なじみのある存在ではないかもしれないが、高位の人間から優遇される、うらやましがられる仕事だぞ」
「…まったく知らなかったよ」
 タリカーンはまだ信じられないような気持ちだったので、素直に感想を述べた。「でも、そんなに有名な団体なら、なぜこそこそ活動しているの?もっと堂々と活躍したらいじゃない。そんな人たちが働いてるなんて話、私今までまったく知らなかった」
 ユナンは無表情になった。それから皮肉っぽい笑みを口に広げる。「――秘密にした方がいいんだよ」
「え。何故」
「そのうち分かる」


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