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「…あーっ!セイ、待って待って待って!勝手に見ちゃだめ!」元気の良い声が近づいて来る。
「きょ、今日はちょっと片づけの途中で……いつもは、こんなじゃないんですう」可愛らしい声がごまをするように訴える。
 タリカーンは何事かと思って戸口から半身をのり出した。
 二人の小さな女の子が慌てて駆けてくる。
「…もう。あなたたちはなんですか。私は嵐にでも襲われたのかと思って、びっくりしましたよ」
 と、首を振りながら青の長が言う。
「――いつも整理整頓は物事の始め、と言っているでしょう。部屋を掃除できない女の子は、髪をぐちゃぐちゃにしたまま外を出歩いているようなものですよ。もう、恥ずかしいったら」
 部屋の前に辿り着いた女の子たちは、首が故障してしまったかのようにブンブン上下に振った。
「ええ、ええ、ええ!あたしたちよく分かってますわ、セイ!」
「今日はたまたまです、たまたま。だって、セイに見られるとは知らなかったんだもの……」
 女の子たちはもじもじしてお互いを突いていたが、急にそこに立っているタリカーンに気がついて、顔を輝かした。
「あ!その人が新しく来た人?ほんとだわ!大人だ!ねえ、セイ。あたしたち、普通子どもだけが修学者になれるもんだと思ってたわ。どうして大人の女の人が来るの?」
「お姉さん、なんて名前?あたし、エルバ。ねえ、どこから来たの?ここの感想は?今何歳?」
 女の子たちの口は、一時として閉じられるということがない。どうしてこんなに息継ぎせずに大声で話せるんだろう、とタリカーンは不思議に思った。
 青の長はあきれたように二人にかがみこみ、それぞれの頭を優しく撫でてなだめた。
「二人とも、興奮し過ぎですよ。そんなにいっぺんにしゃべったら、このお姉さんがびっくりするでしょう。来たばっかりなのに、こんなにやかましい女の子がいるなんて、ここはどういう所なんだろう、と思っていますよ」
「え、いや……」
 確かにその通りなのだが、自分をダシにしないで欲しいタリカーンは手を振って否定しようとした。
「リネット。エルバ。まずは自己紹介しろよ」
 黙っていたユナンが二人をつついた。
「うん、そうね。――あたし、リネット。クラウターのリネットって言うの。八歳。好きなものはラズベリー。この部屋にあるものは、全部お姉さんも好きに使っていいわ」
「あたし、エルバ。七歳です。好きなものはお母さんの焼いたパン。後であたしたちの間で流行ってる遊びを教えてあげる」
 二人の女の子は胸を張って自己紹介した。ユナンが、うん、と横でうなずくと嬉しそうに笑顔を向けた。
「お姉さん、ユナンと一緒に来たんだって?どうして一緒にいたの?あ、趣味は?あたしはお裁縫が―」
「お姉さん、名前は?」
 エルバが名前を聞いてきたので、タリカーンは咳払いして生真面目な顔で答えた。
「タリカーンだ。吟遊詩人だ。趣味はトロポンを弾くこと、歌うこと。好きなものはベッド」
「ベッド!!」その言葉に一様に声を上げ、二人の女の子は顔を見合わせた。「……ちょっと、今は……ないけど」
「ない?ないわけがないでしょう?」
 耳ざとくその小声を拾った青の長が厳しい顔つきになる。
「ベッドはどこです?ほらほら、タリカーンのためにベッドを掘り出しなさい。夕方までには部屋を片づけて、寝られるようにしておくんですよ。それがあなたたちのお仕事です」
 ちょっと怒ったようにお尻を振りながら帰っていく青の長を見送った後、リネットは有無を言わさずタリカーンを部屋の中に引っ張っていった。
「お姉さん…えーと、タリカーン!ここに座るといいわ。あ、服が邪魔ね。それはどけたらいいわ」リネットは色々指示を出しながらタリカーンを部屋の中央に据えた。
「リネット、先に外へ行こうよ。部屋には夜に来たらいいじゃない」
 エルバが外に遊びに行きたそうな顔をすると、リネットは首を振った。
「まず、ここを見てもらうのよ。外には後でも行けるでしょ」それからまだ戸口に立っているユナンに気づき、甲高い悲鳴を上げた。
「なんだよ」と、ユナン。
「――なんでまだ居るの!?それに、なんでこっちを見てるの?ユナン、ここは女性の寝室よ。そんなにじろじろ見ないで」
「……女性?」固まっていたユナンの表情が動き、馬鹿にしたような笑いが浮かんだ。「…この部屋に住んでるのが?」
「あ!笑った。ひどい、ユナンったら」と、怒ったエルバ。「もういい、あっちへ行って」
「頼まれなくたって、行くけどな」ユナンは最後に足を押しているエルバの頭を撫で、どこかへ行こうとした。
 しかし、折あしく一人の女性の悲鳴に捕まってしまった。
「ぎゃー!…ユナン!そこで何してるのっ!」
 血相を変えた少女が走ってきて、ユナンを揺さぶった。
 タリカーンは面白くなって部屋からその光景を見ていた。少女はものすごい速さでまくしたて、ユナンに詰め寄った。
「ここら辺は女の聖域よ!男のあんたが近寄るなんて許さないわ!…しかも、うわ、扉が開きっぱなしじゃない。ユナン、見た?見たのね?」
 ユナンは激しく揺さぶっている少女をうっとうしそうに払い、部屋の中を指さした。「だったらどうなんだよ。あれ、お前のか?」
 ユナンが指しているのは、さっきタリカーンがつまんでいた女性の下着だ。少女は耳まで真っ赤になった。
「――最低っ!もう金輪際ここには近寄らないで」
「なんで僕に怒るんだよ」
 ユナンは平手で打たれそうになったので、慌てて逃げ出した。
 少女は怒り狂った恐ろしい目つきでそれを見ていたが、気持ちを落ち着けるようにため息を吐き出し、部屋の中に顔を向けた。
「…ちょっと、リネット。どうしてちゃんと扉を閉めておかないのよ」
 少女はそこで呆気に取られた顔になった。部屋の中にいる見知らぬ女が、リネットとエルバに挟まれてこちらを見つめているではないか。
「…え?何、あなた……あっ!分かったあ」
 少女は満面の笑みを浮かべ、タリカーンに駆け寄った。「新しく来たっていうお姉さんでしょ。まさかあたしたちの部屋に来てくれるなんて、なんてついてるの!」
 少女は可愛らしく、黙っていれば美人なのに豪快な性格をしている。床にあぐらをかき、姿勢も気にせずしゃべりだした。「あたし、サリエシカ。よろしく、お姉さん」
 タリカーンは曖昧に笑った。…やばい、自分じゃ若いと思っていたのに、もう負けそうだった。一体彼女たちのエネルギーはどこから来ているんだ。
「――タリカーンだ。よろしく、お嬢さん」
 リネットとエルバがタリカーンについて説明し、サリエシカはそれにいちいち相づちを打って聞いていた。
「――なるほど、吟遊詩人なのね。どおりでトロポンを持っているわけだわ。ねえ、よければ何か弾いてくれない?あ、長旅で疲れているのなら、後でもかまわないんだけど」
 もちろんタリカーンは承知した。すぐさまトロポンを構える。「喜んで。ご注文は?」
 少女たちはもうそれだけで大喜びし、拍手喝采した。
「やった!本物の吟遊詩人の歌が聞けるのね!…やっぱりあたしってついてる!」サリエシカが口笛を吹き、横のエルバの肩に腕を回して引き寄せた。「ね、エルバは何がいい?あたし、恋物語がいいなあ……」
「面白いのがいい!」興奮したリネットが口を挟む。「――昔、お父さんが寝る前に必ず面白い昔の話を聞かせてくれたの。そういうのがいい!」
「じゃあ、それは寝る前にするとして、今は恋物語をやろうか。面白い話はいっぱいあるから、夜までに何にするか考えておくよ」と、タリカーンは提案した。
 リネットはちょっと不満そうだったが、しかし恋物語も悪くないと考え直したようだった。彼女はすぐに顔を輝かせてうなずいた。
 エルバはサリエシカの胸に頭をもたせかけ、わくわくした瞳を踊らせて待っている。サリエシカは微笑んでエルバの前髪をかきあげながら、楽しそうに膝をゆすって待っていた。
 タリカーンはしばらくどの曲にしようか悩んだが、少女たちが好きそうな、ロマンチックで、しかも悲しくない昔の話を選んだ。"白い鹿に追いかけられた娘"の歌だ。
 タリカーンのトロポンが語り出した。


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