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「――では、プエルカの言葉で、"国"とはどう言いますか」
「『ドドウ』です。先生」
 背筋をまっすぐに伸ばしたルイアナが答えた。
 黒髪にがっしりした肩の、いかにもリラライ人らしい男はうなずいた。
 男は王命により、近くに住まいを与えられて、ルイアナの教師としてこの館に通っている人間だった。彼は次の質問を出した。
「では、プエルカ人にとっての国とは、どんなものですか」
 ルイアナはすらすらよどみなく答えた。
「まず、彼らは非常に好戦的な民族です。…あら、でも先生はそう見えませんわね。――ごめんなすって、先生。悪気はありませんの。…彼らは戦いを好みます。プエルカ人はみな戦士だと言います。 戦さの勲(いさしお)によって、国での地位が決定します。王は血統よりも、勇ましいかどうか、支配力があるかどうかで選ばれます。そのため王権の簒奪が頻繁に起きています。かの国はまた奴隷が非常に多く、国土にいるかなり多くの人間が奴隷です。博物誌も著したかのカメフによれば、国土の八割の人間がそうだろうと言っています。
プエルカの王は侵攻した国や都市に直属の司(つかさ)を置き、政権が直接命令を下して運営するものです。我が国とはまったく異なります。それぞれの都市が独自の政治を築き、定期的な祭儀で都市の代表が集まって話し合い、それを我が陛下が主導する連合都市国家の、フメールとは反対の国です。その特徴は、非常に広範にわたる力による直接的な統治だと言えます」
 ルイアナがプエルカの言葉でそれを一息に述べると、
「お手本のようだ」
 教師が一言だけ言ったので、ルイアナも一言だけ返した。「先生がこれまで仰ったことをまとめたに過ぎませんわ」
「まあ、それを残らず覚えてしまうのが素晴らしい」
「お褒めいただき、恐縮至極のことこざいます」と、ルイアナ。
「それを言うなら、"お褒めいただき、恐悦至極に存じます"。間違えましたね」
 教師は木の枝を取り上げた。
 ルイアナは一瞬顔をしかめ、目をつむって両手の甲を差し出した。その手に痛みが走る。
 ルイアナは目を開けた。「…未だに言い回しが分かりませんの」
「慣れです、慣れ。――さて、今日はこの辺にしましょう」
「もう終わりになさるのですか?」
「後は自習なさってください。プエルカ人の奴隷たちが話しているのを、はたで聞くだけでも勉強になるでしょう。まあ、卑俗な言葉は覚えて欲しくありませんがね。耳にその言葉を慣らすのも大事な学習作業です。…何、ウラム語さえ綺麗に話せれば、大方の大陸の貴族とは話が通じますよ」
「大事なことを忘れていらっしゃいますわ。ウラム人を除いて、でしょう。先生」ルイアナは手をさすりながら言った。
「その通り。――さて、次は君の授業か。他の娘たちはどうしたね?」
 それまで待機していたセヌーンは、質問に首を振った。「…他の仕事をしているようです。待っていればそのうち来ると思いますが」
「では、先に授業をしよう」
 ルイアナは授業から解放されて、そのままその部屋でゆっくりくつろいだ。

 彼女は自分の授業の後、隣の部屋で、侍女たちにも同じ教師に授業を受けさせていた。時として、侍女にも高い教養が要求されるからだ。ただし、セヌーンたち似姿の侍女が学ぶ理由は、当然、ルイアナと近い程度には振舞えたり話せるよう、求められるからだった。
「――…申し訳ありません。先生。参加いたします」
 遅れて、カロン、それに他の侍女二人が慌てて顔を出した。
 カロンの他の侍女は、元々貴族や役人の親を持ち、ある程度の教養がある者で、さらに教養を磨きたいと希望した者が来ていた。他の侍女たちは、教養など身につけても無駄だと考えるのか、志願しなかった。
「はい、どうぞ。今日はおのおの、できるだけプエルカの言葉で話してください。何度もウラム語を使えば、手を叩きますよ」
 彼女たちは鞭の罰を恐がるように顔を見合わせたが、覚悟を決めて授業に加わった。


「あら、授業は終わったの?」
「はい…」
 手の甲をさすりながら、浮かない顔で戻ってきたカロンを見ると、ルイアナはその腕を引っぱって眺めた。
「まあ、真っ赤。可哀相に」
「…お願いです。あのヒョッピナ(プエルカ語で、ひょろひょろ、のっぽ男とかそういう意味)教師に、手加減していただくように、仰っていただけませんか…?」
 カロンが情けなく小声で請うと、
「まあ、だってそれはあなたが間違えたせいだもの」笑いながらも、てんでとりあう様子もなくルイアナは手を放した。「精進なさい」
「痛いです…」
「いいこと、可哀相なカロン。寝る間にも、覚えたことを頭の中で復習するのよ。そしてその国の人と、できるだけ話しなさい。覚えが早くなるわ」
「ええ、頭で反芻することはあります。…この前も、壷を取ろうとして、これはラムビア語で、"マッサネ"だったかな…って思い出そうとしたら、壷を取り損ねて落としてしまいました。ひどく怒られました。もう仕事中に余計なことは考えません」
 ルイアナは愉快そうにころころ笑った。「――可哀相に!」
 セヌーンは相変わらずどこ吹く風で、無表情で側に立っている。カロンは彼女にたずねた。「あなたは平気なの?」
「全然痛くないわ。攻撃されているわけじゃないもの」
「……そう」
 そういう感覚はどうなのだろうとカロンは疑問に思ったが、口にはしなかった。
「さあ、それより出かける支度をしないといけないわ。カロンもついてきてちょうだい」
 カロンはどこに、とたずねそうになって慌てて首肯した。
「…はい、今日は王宮に参内される日でございますね。仰せのとおりに」
 いつも連れて歩くというわけではなかったが、ルイアナは、今日はカロンも従者に加えて王宮に行くことにするらしかった。といっても、カロンの身支度などはいらない。これからルイアナの身支度をして出発するのだ。
 すでに侍女頭などの用意したたらいの水で、ルイアナはさっそく手や腕を軽く清めて準備にかかっている。カロンも急いでその側に寄って支度を手伝った。


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