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 宴が終わると、召使いなどはくたくたになって片づけをした。遊興の後の片づけは大変なもので、もちろん遅くまで起きている者もあった。
 宴が開かれていた大広間には食べカスなどが床に散乱し、乱れた椅子が倒れていた。その中を、南国の樹を片づけるためにやってきた庭師の弟子たちが入ってくると、そうじの召使たちは不機嫌になって、勝手にもって行けだの、やっぱり邪魔だ今通るんじゃないだの、大騒ぎしてけんかしていた。

 ルイアナは既に就寝の準備をしていた。
 カロンは彼女の衣服や装身具を、他の侍女と一緒に片づけて、ルイアナの衣裳部屋を整理していた。

「……ああ、もう嫌!飲まず食わずなのよ、こっちは」
「――お腹すいたわ!やってられない!」
 突然一緒に働いていた侍女二人が叫び、持っていた衣装を放り出した。

(……そうだ、そういえば、今日は朝から宴の準備でずっと働いていて、何も食べていなかったんだわ…)
 それでこんなに疲れているのか、とカロンもようやく思い至った。
「カロン。あんたやっといてよ」
「急ぎましょう。今から行けば、厨房にもお残りがあるかもしれないわ」
 侍女二人はどうやら今日の宴の残りを狙っていたらしい。あれだけ数多くつくられた豪勢な料理だから、厨房で召使いたちにもおこぼれがあるだろう。自分たちは上等の召使いだから、間に合えば他の召使いより優先的に口にできると二人は考えていた。
「え……。でも、まだ首飾りもなおしていないわ。どこに行くのよ」
 カロンが小さな声で呼び止めたが、二人は押しつける言葉を残して、さっさと消えてしまった。

「まあ……何なの」
 カロンは周りに残された装飾の数々を見て、途方に暮れた。
 人の脂などがついているだろうし、使われた物はしまう前に全て布で拭くことになっていた。
 カロンはため息をつきながら、一つ一つ手に取って、きちんと布でぬぐってから決められた場所に戻していった。

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 あの二人は戻って来ない。
まだ厨房で食べているのだろうか?それともそのまま寝に行ってしまったのだろうか。
カロンは一人単調な作業を黙々続けた。

 …粒銀(りゅうぎん)細工の、小粒の銀で飾られた美々しい装飾品や、黒金象嵌(こっきんぞうがん)によって、黒い文様を際立たせた金と黒の対比の美しい腕輪、輪を鎖のように垂らした金のかんざし――すべてを布で柔らかくぬぐっては、箱にしまっていった。
 放っておけば、空気や人肌に擦れて彫りが際立ち、それはそれで美しいのだが、あまりに放置しすぎると、黒ずんでせっかくの精緻な装飾が台無しになる。そして布で磨かれると、それがまた装飾品の味になるのだ。

 カロンは焦りもせず丁寧に作業していたので、夜がかなり更けていたことも、ルイアナが起き出してやって来たことにも、全然気づかなかった。
「――…カロン?何をしているの?」
「えっ!?」
 慌てて戸口を見ると、ルイアナが寝巻き姿で立っていた。
「ルイアナ様!」急いで持ち物を放り出して礼をしたが、
「私は何をしているのかとたずねたのよ」ルイアナは怪訝そうに眉根を寄せたまま言った。
「あ、はい。ルイアナ様のお身飾りをなおしていました…」
 ルイアナは部屋の中に進んでくると、なお散らかったままの布や飾りを見てため息をついた。「……片づけもしないで…。他の娘たちは?どこにいるの?」
「えっと……。何か、人に呼ばれて出て行きました」多分、正直に言えば、あの二人に後でこっぴどく八つ当たりされるだろう。カロンは口ごもりつつごまかした。
「誰に?」
「えっと……。私はよく見てなかったので」
 ルイアナは呆れたように周りを見回していた後で、ふとひそめた顔を向けてきた。
「――…あなた、食事はすませたの?」
「…いえ、まだ……」
 迷ったものの、追求されればどっちみち正直に答えざるをえないだろう。カロンは正直に言った。
「まあ。あれほどみなに食事をきちんととらせるように言っておいたのに。侍女頭は何をしていたの」
 予想通りルイアナは怒っているようだった。侍女頭と彼女の間に波風を立てたくないと、カロンは慌てて言った。
「あの、でも、みんな忙しくて忘れていたのだと思います」
「何を言っているの。侍女頭の仕事はあなたたちの管理と指導よ。怠慢だわ」
 ルイアナはカロンの手元に厳しい目を向けた。「それで、あなたはさっきから何をしているの?」
「…え、ですから片づけを……」
「一人になってもそんなにご丁寧にやっていたら、夜が明けてしまうわよ。もう綺麗に拭かなくていいから、さっさとしまっておしまいなさい。何をのんびりしているの?」
「ええと…はい、あの……」
 カロンが急ぐあまりそこらへんの布をごちゃごちゃに取り寄せたのを見て、ルイアナは大きなため息をこぼした。
「…もういいわ。もう一人誰か呼んできなさい。私の寝所にいる宿直(とのい・ここでは寝所に一晩侍って主人の世話をする小間使い)でも引っぱってきなさい」
「え、でも、彼女にこっちの仕事をさせるわけには…」宿直に怒られることを想像して、カロンはおろおろした。
「…あなた、誰が主人だと思っているのよ。今目の前に立っている、この私でないの?」ルイアナは冷ややかな顔でカロンを見下ろしていた。
「は、はい……!」

 急いでルイアナの寝所の横の控えへ行き、そこに控えていた宿直に頼むと、予想通り不満を言われたが、どうやら手伝ってもらうことができた。
「……まったく、ご主人様の手ばかりわずらわせる。あんたはとんだ間抜けだよ!カロン!」宿直は一緒に衣服をしまいながら、低い声で言った。
 カロンは首を縮めた。まったく、どうしてこのような失敗ばかりしてしまうのかと、彼女自身も途方に暮れるしかなかった。

「ああ、疲れた……」
 ようやく全てしまい終えると、カロンは大きな息をついた。あらかた片づいたと見て、宿直は先にもう寝所へ退散してしまった。
「カロン」
 呼ばれる声に慌ててそちらを振り向くと、緞帳の横でルイアナが手招きしている。
「いつからこちらに……?」もう寝ていたはずではなかったのかとたずねると、
「ほら」
 ルイアナは答える代わりに、手元の包みを広げた。
「――…わあ、干しなつめやし…。……いいんですか?」
 ルイアナがうなずいたのを見て、カロンはありがたくそれを受け取って、さっそく口に入れた。なつめやしの甘みが、幸福感と共に口の中に広がる。
「おいしゅうございます、ルイアナ様」
「よかったわ」
 ほおばっているカロンを見るルイアナの目は、なんだか愛玩動物を見るそれによく似ている気がしたが、きっと気のせいだろう。
「…そんなにお腹が空いていたのね。まだあるから、全部食べてもいいわよ」
「ありがとうございます。…宴の最中に、お腹が鳴らないかって、冷や冷やしてました。朝から何も食べていなかったので…」
「そう、悪いわね。私のわがままな身支度に付き合わせて。侍女頭にも明日言っておくわ」
「とんでもないです!綺麗なお姿になられて、ようございました。それに、宴も大成功でしたね」
「そうね」ルイアナは少し嬉しそうに目を細めてうなずいた。
 それから少しして、ルイアナは手の中を覗き込んで言った。
「…もういいの?ほら、まだあるわよ」
「もうけっこうです。十分です。ありがとうございます」カロンは明るい声で答えた。
「…そう、いいのね?」
 何故かルイアナはちょっと残念そうに見えた。それからおもむろに言った。
「今度、また夏になったら、去年みたいに別荘へ行くわよ。カロン」
「あの別荘ですね?」
 ルイアナは毎年、夏の暑さを逃れて、メネト市の別荘で過ごすことになっていた。メネト市も大きな都市で、首長都市クスキオンの下に属する都市だ。都市は単独で自治を維持しているところもあるが、この地域のほとんどがクスキオンの下に属している。それら大小の都市国家をまとめ、クスキオン市にいる王が治める地域が、フメールと呼び習わされる王国なのだった。
 ちなみにルイアナの領地もメネト市にその一部がある。彼女は避暑のついでに領地の管理も行っていた。
「あなたも、セヌーンも連れて行くことになるわ。涼しく過ごせるといいわね」
「はい」
 カロンはうなずいた。


 ……この時には、まだ、向こうでどんな事態が起こるかなんて、想像すらしていなかったのだ…。


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