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 露台のように張り出した場所で、寝椅子に横たわって陽の光に当たっているルイアナは、日光に浴(よく)した姿がとても眩しかった。まるで彼女の内から光が発せられているかのようだった。
 カロンは室内の影から一歩踏み出し、近頃ようやくしみついた、召使いらしい丁寧な辞儀をした。
「――お召しによりまして、参上いたしました。ルイアナ様」
「カロン」
 ルイアナは振り向いた。「待っていてよ。遅かったわね」
「申し訳ありません」
「別におわびが聞きたいわけじゃあないの。…ねえ、あの鳥を見てちょうだい」
 カロンはルイアナの指先を追って、庭へ目をやった。孔雀だった。
「綺麗よね。南国の有名な鳥だけど、お父様は何十羽も飼っていらしたから、庭に離されたそれが、とても美しかったのよ。まるで大きな絨毯が波打っていたみたいに。あなたに見せられないのがとても悔しいわ」
「はい」
「とても美しいのよ」
 話し相手に呼ばれたらしい。カロンはルイアナに寄り添うように立った。
「あなた、外国の話が好きでしょう?」
「はい、ルイアナ様」少しだけ声を浮つかせて、カロンはうなずいた。
「そうよ。…他の子たちは、あまり関心を持ってくれないもの」少しだけすねた眼差しで、ルイアナは一度こちらを振り返った。「できることなら、遠いところに行きたいと思わない?外国の港や、商人たちの旅路を歩いて、自分の目で確かめてみたいと思わない?」
「はい」
「あなたのお話をしてちょうだい」
 カロンは何度目かになる話を語った。

 ここに連れてこられるまでに見た、大きな街、街道を歩いていた商人、舶来の珍品が山と積まれていた市場の軒先、露天のいわくありげな胡散くさい売り子、街角の大道芸や妖術師の怪しいわざ、乗りかかった船で交わされた、様々な人々の様々な生い立ちを垣間見させる他愛ない会話の数々を。

 話す間に、カロンの中にあったさきほどの屈辱的な思いは晴れていた。
 聡明な主人を前にして、その主人は今、自分の言葉に耳を傾けていてくれる。
 あの貧乏貴族の娘がなんだろう!自分は今、まさに侍女として一番晴れがましい光栄につかっているじゃないか。
 カロンは時々たかぶる気持ちを抑えて、自分の見聞きした旅を語った。

 ルイアナはうなずきながら耳を傾けていた。
「よく覚えているのね。きっとあなた、知らないことが好きなんでしょう」
 ルイアナは言った。
「私もよ。知らないことが大好きだわ。…もう少し成長すれば、もっと外に出る機会が多くなるわ。今は後見人のおじさまをご憂慮さすのを慮(おもんぱか)って差し上げて、私も館からあまり出ないようにしているけど。家にいても、あのひどく頑固な教師としかめ面をつき合わせるだけなんだもの。…ああ、彼らときたら、本当につまらない人間だわ。ね、カロン。いつも一緒にいるあなたには、この気持ち分かるでしょう」
「はい。……でも、この前は、外国の方がお見えになりましたね」
「そうよ。珍しい器を見せびらかしに来たのよ。あのガラスの杯は、とても美しかったわね。私、とうとう言いくるめられて買ってしまったわ。彼らの思う壺というものよね。けれど、もったいなくてまだ使っていないの。しまったままよ。その後来た男たちは、誰だか知ってる?」
 カロンは首を振った。
 そういえば、庭を出入りしている見慣れぬ男たちが何人もいた。

「あれはね、この前王宮の庭を工事していた庭師と労夫たちよ。彼らを指揮していた設計士に会ったわ。なんでも有名な天才らしいわ。天文学や魔術にも精通しているって。彼が話していたけど、まだ庭の全部を完成させたわけではないそうよ。王宮の前と、南側の一部しかまだ出来ていないの」
「何年もかかるそうでございますね」
 ルイアナはうなずいた。
「でも私、とても素晴らしい腕の方だと聞いていたから、ぜひこちらにも呼びたいと陛下におねだりしたの。そしたら、素晴らしいわ、本当に父上は寄越してくださったのよ。あそこよ、ほら」
 ルイアナは白い指を庭へ動かした。
「あの辺りを変えてもらうことにしたわ。パルム風の庭園にするわ」
「パルム……?」
 カロンは首を傾げた。
「その設計士は前パルムで働いていたのよ。だからパルム風の建築や庭は得意なの。パルムは暖かい国よ。どうせ分からないでしょうから、あなたの思い描く南国を想像しなさい。私だってきちんとは知らないわ。熱帯で、温暖な気候の国だそうよ。雨がとてもよく降る湿った土地と聞いたわ。特に雨季には、天上の神様たちがたらいを引っくり返して、雨をその時節に一気に降らせてしまうの。それは糸のような雨じゃなしに、布のような雨なのですって。まるで滝みたいね。本当かしら…。織物にしても、建物の装飾にしても、すごく緻密で複雑な、目くるめく妖しい模様を使うのよ。庭には、椰子やココナッツや、もっと南の地域から取り寄せた風変わりな樹を植えて、鮮やかな花で飾りつけるの。昔、武官の家に招かれて、彼が自慢するパルム風の庭を見たわ。それは素晴らしいのよ」

 カロンの頭の中にまで、その素晴らしい光景が入り込んだかのようだった。
 鮮やかな花や樹が彩る豊かな庭が、生き生きとそこに広がっているのだ。
「…素晴らしゅうございますね。…きっと、色鮮やかな異国の鳥も飛んでいたに違いありませんね」
 ルイアナの頬にさっと朱が差した。
「…異国の鳥!素晴らしいわ。いいえ、彼の庭にはそんなもの飛んでいなかったわ。でも、綺麗な鳥を飛ばせたら、本当の天国になるわ。素晴らしい思いつきね、カロン」
「本当ですか。じゃ、きっとそうしてくださいましね、ルイアナ様」

 カロンもうれしかった。
 それに、ルイアナの描く極楽のような庭園というのは、本当に素晴らしかったし、今からそこを散策する喜びが押し寄せていた。

「…でも、そんな水、ここにはありませんよ、ルイアナ様。ここには、たらいから水をこぼしてくださる神様もいませんし…」
 カロンは庭を眺めやった。
 以前住み込んでいた金持ちの屋敷には、水が引かれて噴水が造られていたが、ここには噴水は見当たらない。
「それはね……」
 ルイアナが身じろぎしているのに気づいて、慌ててカロンは室内に走ってクッションを取ってきて、ルイアナの背に敷いた。
 侍従のくせに、気づくのが遅かったと、カロンは顔が熱くなるのを感じた。
 しかし、ルイアナは満足したように目だけで微笑んでうなずいた。
 カロンがぼうとしているのは見たとおりだったし、ルイアナも知っていたが、こういう時、特別気がつくのが遅いとは感じていないようだった。

「…それはね、カロン」
 ルイアナは話し始めた。
「もちろん私も考えてあるわ。水をたくさん引いてくるつもりよ。だから、この前の庭師たちも、うろうろしていたでしょう?この辺の水脈を調べていたのよ。水脈が十分か分かったら、地下に金属でできた管を引いてくるの。水脈が足りなくても、川から引いてくるわ。ちょっと遠いけど」
「管をつくって水を引くんですか…」
 あれはそういった仕組みだったのか、とカロンは感心した。どうなっているのかすごく不思議だったのだ。
「そうよ。難しいけどできないことじゃないわ。源泉…水の湧き出るところを調べなくちゃならないし。でもね、その水を上手に引く技も、あの庭師たちは持っているのよ。お父様はちゃんと仰っていたわ」
「すごいですね」
「そうよ。私の領地の畑にも、同じようなことができないか聞いてみるつもりよ」
「すごい!そんなことできるんですか?…わあ、ルイアナ様ってなんて賢くていらっしゃるんでしょう。水を引いてくださったら、遠くまで水を汲みに行ったり、氾濫する川の側に住まなくても、よくなるんですね」
「そんないっぺんに変えられないわ」
 ルイアナは呆れたような顔をつくった。
「とってもお金がかかるし、第一、元々の水が限られている土地じゃ意味がなくてよ。…それにね、カロン。氾濫する川の近くに人が住むのは、ちゃんとした理由があってのことよ」
「?…水が欲しいから住んでいるんでございましょう?違うんですか?」
「そもそも、あなたの町は川の近くにあったの?」
「違います。私の町に作物を収めている村が、いくつかあったんです。その一つの大きな村の人たちは、川の近くにずっと家を構えてて、決まって年に一度洪水があるのに、洪水で何度家や畑を流されても、めげずにその側に家を建てて畑を耕すんですよ。私たち、なんて頑固で馬鹿なんだろう、ってみんなで言っていたんですけど」
「それは、洪水で、川の上流の豊かな土が運ばれてくるからなのよ。だから川の近くに畑をわざわざ作るのよ。むしろ洪水に頼って生きているの。私そんな話を放浪人(ほうろうびと)に聞いたことがあるわ」
「放浪人ってなんですか?」
「放浪する人のことよ。旅人ね。吟遊詩人として、歌を歌って各地のことをお話に聞かせてくれたりする人もいるし、魔術師だったこともあるわ。私、放浪人はよく館に招いているわ。面白い技を持っている人もいるのよ。だからいつも誰か呼ぶように言っているわ。その方がとても楽しいじゃないの。こちらからゆけないのなら、招くまでよ」
「そうなのですか。年中誰か来ているなんて、楽しくてよろしゅうございますね」
 のん気な響きのカロンの声に、ルイアナは嬉しそうに微笑んでうなずいた。しかし、その笑顔もすぐふっと失せた。
「……招かざる客人も、時々来るけどね」
 カロンはきょとんとルイアナの顔を見た。それから悟った。

 多分、ルイアナが毛嫌いしているあのおじのことだろう。
 既に長い間ルイアナの側にいて、彼女が隠しもせず言動の端々でそれを表すので、カロンも、あのおじが嫌いになりつつあった。
 人買いたち(人買いというよりもあの男の部下だったのだろうが)に連れられて引っぱってこられたのだから、カロンの心象のいいはずがなかったが。
 そもそも、第一印象がよくなかった。非常に冷徹で、情の温かみの感じられないあの眼ざしや、あの男の家にいた人々のひっそりした様子が、男の性格を物語っているような気がした。

「…冷たい方ですよね」
 カロンのぽつりとした呟きに、ルイアナは眉を上げた。「…誰が?私?」
「ち、違います!滅相もないです」カロンは大声で否定した。
「…あの、はばかりながら……おじうえ様が…」
 カロンは顔を赤らめた。侍従なのになんて大それた、そして身の程知らずな感想を漏らしてしまったことだろう。
 ルイアナもちょっとだけ顔をしかめた。それだけでカロンはすごく恥ずかしくて、消えてしまいたかった。

 ああ、また自分はやってしまった。これだから、間抜けだの小間鼠だの、揶揄されてみんなから軽蔑されるんだ。
 ルイアナの知識に触れながら、楽しいおしゃべりをする時間はとても楽しいものだったのに。その晴れやかな時も、いつも自分の愚かさで駄目になってしまうのだ。
 そう、やはり自分という人間が馬鹿なんだ。もう二度とさし出がましい言葉は言わないようにしよう。カロンはうつむいて落胆していた。

 しかし、ルイアナはしかめっつらの後に、突然笑顔をつくった。
「…そのとおりよ。私、いつもあの男の側にいると、凍えちゃいそうなほどよ」
 眉間に強い力が入っていた。はっきり嫌悪を表す様相だった。
「おじさまは、お母様の兄でいらっしゃるの。なのにお母様とは似ても似つかないのよ」
 ルイアナは言った。「でも、髪の色はお母様と同じに栗色なの。私は受け継げなかったのに。憎たらしくてよ。許せないわ」
 ルイアナはしばらく眉間に思い切り力を入れていたが、ふっと息を吐くと、すぐにまた整った顔に戻った。
「…これぐらいにしておくわ。本人の前でも堪えられなくなって、こんな顔をしてしまったら大失態だもの」
 カロンは思わず、ルイアナが思い切りおじを睨みつける様子を想像して、こらえきれずに笑った。

 そうしながら、心ではこう思うのだった。
(……ああ、そうだ。…私は、たとえ間抜けでもうかつでも、この主人の幸せを続かせるためなら、自分以上の力を尽くしても、なんとしても、側にいたいんだわ……)と。

 ルイアナは少し冷えた目でカロンを見やった。
「笑いごとじゃないわ」
「……も、申し訳ありません」
「いいの。私も想像してスッとしたから」
 それから二人は目線を合わして、一時笑っていた。


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