<< prev top next >>


 翌朝、陽光の中で軽い朝餉をとるルイアナを見つめていたカロンは、ふと彼女を眩しく感じた。

(……いつでも気高く、凛としておられる…。高貴なお方とはこういうものなんだって、私は昔感じた。ルイアナ様はいつでも毅然と遠くを見据えておられて、動じないお方。だから私はお側にいたいのだし、その光を少しでも横で浴びたいと思うのだわ)

 食事の後、側の侍女がカロンの邪魔をするように遮ったりと、またやくたいもない一場面があったが、彼女はそうした苛立つ一幕もぐっとこらえて、いつものように働いていた。

 ルイアナは休息中に、カロンを側に呼んだ。
「明日、また代わりになってちょうだいね」ルイアナはささやくように言った。
「…はい。あの、どちらへ?」
「店へ行くのよ。珍しい商品を置いている、遠い異国から来た骨董商がいるのですって。治安のよくない通りだから、セヌーンを連れて二人で行くわ。もちろん、侍女頭にだって内緒よ」
 ルイアナはいたずらっぽく瞳を細めて微笑んだ。
「はい。……あの」
「何?」
「いえ…」
 カロンは言葉を切ってうつむいた。自分がこれまでやってきたつもりの気配りや働きは、本当に彼女の得になっているのか、知りたかった。だけど、侍女の自分がそれを言葉で問うのは間違っている気がした。
(…一体私は、何を聞こうというの?一々答えを欲しがっては駄目よ、カロン。私は彼女にお仕えする身。ルイアナ様が何も不便を感じておられないのなら、それでいいでしょう)
「かしこまりました」
 カロンは丁寧に辞儀をして返した。

  --------------

 カロンは飾り立て、化粧も施し、ルイアナの姿になりきった。
 ルイアナが街をお忍び高覧している間中、カロンはきらびやかな装束と特徴的な化粧で身を飾り立て、ルイアナがするように館で優雅に過ごしていた。
 それは前にもあったことで、いつもどおりだった。しかし、その後起こった出来事は、初めてのことだった。

「――殿下。失礼を致します」
 侍女頭の声に首を巡らし、カロンはそちらを見た。「どうかしたの?」
「豚毛の櫛の一つが、毛が荒れて、直しにだしてほしいと、み装束係りが言うのですが…」
 部屋に入って探したいということだろう。
「調べてちょうだい。ひどくなっているようなら、そのまま直しにだしてかまわないわ」
「かしこまりました」
 侍女頭は、部屋を横切り、そのあたりの櫃(ひつ)や、浮き彫りの施された小箱などを開け、目的のものを探している様子だった。
 カロンは、もう身代わりにも慣れたもので、頬杖をついて、うとうとと半ばまどろみながら、ルイアナのように寝椅子に横臥していた。
 …しかし、そろそろ、侍女たちでも呼んで、遊戯盤で遊ぶまねでも始めようか。ずっとじっとしているのも、怪しまれそうだ…彼女がそんなことを考えていた時だった。
「小指を立てるのですよ」
 突然部屋の向こうから聞こえてきた侍女頭の声に、カロンは首も巡らさずに返した。
「…なんですって?――あなた、何か言ったかしら」
 返事がないので、カロンは目をつむってそのままでいた。
 侍女頭は、櫛がございました、と言って、カロンの側へ来た。
「大したことございませんでしたわ。…殿下、おぐしが乱れておりますので、久方ぶりに、私めに梳かせてくださいませ」
「あら、いいわよ。お願いするわ」 
 侍女頭は丁寧に、カロンの髪飾りを外し、髪を梳かし始めた。
 彼女は優しげな手つきで髪を持ち、櫛を動かした。そうしながら話しかけた。
「――殿下、どのあたりの違いか、お気づきでしょうか?」
「何の違いですって?」
 カロンがゆったり聞き返すと、
「…頬杖をつく時には、軽く小指を立てられる。寝椅子に寝そべった時に、だらしなく肘で体を持ち上げたりして、身をよじったりなさらない。気持ちを図られぬよう、目線は無駄に動かさない。――セヌーンが屋敷から消えた時には、間違いなく、街の中」
 カロンは目を開けた。
 ゆっくりと後ろへ首を巡らす。
 櫛を持ったまま、侍女頭は……顔つきだけは優しげに微笑んでいた。
「まあ、なんてのん気なのかしらね。この若い娘さまたちときたら」
 カロンは青ざめた。



<< prev top next >>