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 うずくまってしまった若い娘を見下ろし、侍女頭は言った。
「――あなた、殿下をうやまっているでしょうね?」
「う…うやまっています…。本当に…尊敬しております……。私…」
「殿下をお守りしたいと願っているね?」
「はい」
「ならば、あなたも殿下のお邪魔にならないだけの、賢いやり方を身につけなさい」
 カロンは顔を上げた。
「意味が分からないって顔、するんじゃないの。鈍くてもいいけど、馬鹿な娘はお断りよ。…まあいいわ。館には、あなたがどんなに無視していたって、大勢の人間が一緒に働いているものなのよ」
「私、無視しては……」
「いいからお聞き。あなたが本当に殿下をお慕い申し上げ、心服しているのは、誰だって分かっていること。一時だってお側から離れたくないほどにね。だったらなおさら、殿下にふさわしいぐらいの、分別とわきまえ、立ち回りの良さぐらいは、覚えておいてくれなきゃ困るのよ」
 カロンの涙は乾いていた。
 彼女が怪訝に眉を寄せながらも、それでも真剣な瞳を注いでくるのを見て、侍女頭はうっすら微笑んだ。
「敵はつくるものではないわ、できうる限り減らすものよ。どうせ、生きていれば嫌でもつくってしまうものなんだからね。よく覚えておきなさい」
 カロンは、少しの間真剣な顔で眉根を寄せていた。
 そして、すべて彼女の言うことを承知したわけではなかったが、
「…はい……」
 と、うなずくだけの落ち着きは取り戻した。
「じゃ、まあ、いいわ。……で、どこにしたい?お好きなところをお選び」
 ん?と弓のような片眉を跳ね上げて、侍女頭は首を傾げた。
 カロンはなおしばらく呆然とその場に座り込んでいたが、やがて口を開いた。

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 …緞帳の陰からそっとのぞいた時、ルイアナと侍女頭は低い声で話し合っていた。
 離れていたので、くわしい様子は分からなかったが、言い合っているようにも見えた。
 カロンは穏やかではなかった。

 ルイアナは、帰って来た時、すでに気が昂ぶっているように、かすかに頬が紅潮していた。
カロンは目ざとくそれを発見して、何があったのか、側のセヌーンに問いただしたかった。
 が、すごい剣幕ですっ飛んでいった侍女頭に気圧され、帰宅したばかりの二人は驚いた顔になり、もうそこへ行って話をする時間もなかった。
 カロンは、もう侍女頭の許可なく、ルイアナの側に寄ることは禁じられた。
 それで、こうしてそっと陰からのぞき、主人の様子を見つめているのだった。
(……きっと、私を身代わりにされていたことで、叱責されていらっしゃるのだわ…。…ああ、殿下、申し訳ありません……そして、しばらくのお別れを…)
 ルイアナの顔を最後にちらりとよくのぞいておいてから、カロンはその場を離れた。


 侍女頭は、いつもそ知らぬ顔でその場にいた。まったく気づいている気配がなかったので、きっと大丈夫だろうと安心していたのだが…。ルイアナもカロンも、ずいぶん甘かったということだろうか。
 カロンは気落ちしながら、廊下を一人でとぼとぼ進んだ。目指すものはその先にあった。
「――…ここね」

 そして、たどり着いた扉を見上げ、思わず息をついてから、その扉を押した。


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