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「――おや、二人はもう会われていたのかな?」
 口を開いたのは、ザンメルクではなくもう一人の客人だった。
 彼は隣のザンメルクと顔を見合わせ、笑った。
「奇遇なこともあるものです」
「まったく…。姫さま」
 ザンメルクが言った。
「彼――…サリヌアーク殿とお知り合いですか?いずこで会われたのでしょう。こちらには、今回初めて来られたはずですが」

「ええ、しかし…」
 そこで、サリヌアークというらしい栗色の髪の男が、微笑んだまま口を開いた。
「私がこのメネト市に到着したのは、二月ほど前です。こちらの友が、行き先もなく困っている私に声をかけてくれたはいいものの、落ち合うはずのこの街になかなかやって来なかったもので、ずっと留まって待っていたんです」
「ほう。…クィルネレス殿。本当か?」
 ザンメルクの問いに、もう一人の客人はあいまいに微笑んだ。
「ええ、まあ。友人が行くあてもなしに困っているようだったので、宿を提供しました。…しかし、私も色々用事が重なって、思ったよりこちらに来るのが遅れましてね…。…いや、しかし予想外だな。まさか、待っている間に、トパス王の姫君とお知り合いになっているとは。隅に置けないな、サリム」
「いや、偶然の賜物だよ。大した事情じゃない。たまたまある商人の宴会に来られていて、少しお話しできただけで、それ以来お会いしていなかったんだ」
 サリムは、王女のお忍びについては当然口に上らせようとしなかった。


 カロンはほっとしたが、しかし、さきほどまで陶然としていたルイアナの目が、わずかに鋭くなっていることに気がついて不思議に思った。


「――…クィルネレス殿とは、アジオン市の長、キーレス殿のご子息のクィルネレス殿でございましょうか?」
 ルイアナはいつもの冷静な声で問いかけた。

 クィルネレスはそちらに顔を向け、穏やかな表情で答えた。
「はい、王女殿下。私がキーレスの息子、クィルネレスと呼ばれている男ですよ。お会いできて光栄です」

 あ、とカロンは気がついた。
 これまでにも聞いたことがある名前だったのに、どうしてすぐ思い出さなかったのだろう。

「…しかし、初めてお会いする気がしませんね。これまでに、よく名前をお聞きしていたものですから。なるほど、ご聡明そうなご様子に麗しいお顔立ち、噂に違いませんね」
 クィルネレスは言った。
「…私も、お噂はかねがね…。やっとお会いできましたわね」
 ルイアナは冷ややかな瞳の色をして、じっと相手を見つめ返した。
 対するクィルネレスにも、瞳に相手を値踏みするような慎重さがひそんでいるように見えた。

 カロンは脇で様子を見守りながら、一人考え込んだ。
(……アジオン市…最近成長が目覚ましくて、何かというとクスキオンに張り合う都市だわ…。年々大きくなっていて、長のキーレスはクスキオンに敵対的な市の筆頭のようになっている…)

 アジオン市は、首長都市のクスキオンに長年属しているものの、友好的な都市ではなかった。
 これまでに小さな衝突も何度か起こっている。
 クスキオンは、王都として、最近急成長しているアジオンを牽制しようとやっきになっており、対するアジオン市もまた挑発的な行動を度々とっていた。
 そして、キーレスと行動をともにしているその息子のクィルネレスもまた、ルイアナたち都の王族にとっては、忌々しい仇敵に他ならかった。


(…嫌だわ、予告もなしに…。どうしてザンメルクさまは、このような引き合わせを…)
 せめて引き合わせるにしても、予告ぐらいしたらどうか。カロンは思った。

 向かいにいたマラダームも、同じように少し緊張した面に、かすかな戸惑いを見せている。
 彼もさきほどこの来訪者を知ったばかりのうえ、今初めて名乗られたのだ。困惑するなという方が無理だった。

「…ああ、その…」
 サリムが照れ臭そうに口を出した。
「…こういうことを自分から言うのはずうずうしいものですが、お水を一杯いただけませんかね…?長いこと迷って歩いていたものですから、喉が渇いて…」
「おお、これはこれは。うっかりしておった」
 ザンメルクは急いで小間使いの女を呼んだ。
「――お水をお出しして。水菓子もな。まあ、みなさん、そう硬くならずに、どうぞ座ってください」
 ザンメルクは何を考えているのかわからぬ顔で一同を座らせ、ひょうひょうとまた先ほどの法律の話を始めだしたのだった。

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「……で、私が思うに、法令をいくら敷いても、現場の役人たちが無視できるような仕組みは、そもそも話にならんのだ。役人たちを従わせる規則を厳しく定めるか、法令に準じない違反者を罰するか、ここのところが肝要だな」

 話し出したのはザンメルクだけで、ルイアナたちが黙って聞いているので場は静かだった。
 まだ公式の場では顔を合わせたことがなかったので、相手がどのような態度をとるか、お互いを探るような空気だけがある。

「――それはおっしゃるとおりでしょう。どのみち、法を敷くには、王や王都に威厳がなくては話になりません」
 クィルネレスが真っ先に話に参戦した。
 彼はどうやら議論好きらしく、自分の意見をあれこれ述べた後で、友人にも話を振った。

「…近頃の役人ときたら、お上のお達しなどはなから無視だからな。サリム、お前のところでもそうだろう?」
「ああ、そうだな。父も苦労していた」
 サリムが笑って返した後で、ルイアナが初めて口を開いた。
「…王の威厳が足りぬとさきほど仰いましたけど、それはあなた様のお考えということでよろしいんですの?」

 なかなか際どい質問だった。
 最近王都のクスキオンを、つまりは王を軽んじた問題行動を起こしている都市の長の息子に対して、ルイアナは友好的にいこうとは思っていないようだった。

「おや、これは恐いな。鋭いご質問だ」
 クィルネレスは笑っていたが、王女の目が笑っていないのを見て、すぐに普通の表情に戻った。

「違いますね、姫君。私は、そのようなことは一言も申し上げません。誤解しないでいただきたい。一般的に、法を敷くにあたって、それを円滑に運用するために必要なものは、中央の権威だろうと申し上げたまでですよ」
 クィルネレスはまっすぐルイアナの目を見据えたまま続けた。
「もちろん、それぞれの裁判所の権威ももちろんですが、それには本元の…王陛下の権威がなくてはいけません。でなければ下々に軽んじられますからな。さきほどの発言はそういう話の中でのものだったはずです。世間一般での考えですよ」
「そういうことですか」
「そういうことです」

 ルイアナは別に納得したようには見えなかった。
 が、ザンメルクは彼女がこちらを見たので、やっと話題を変えた。

「――ところで、サリム殿のご出身地だが…北国のウノッポスだとか」
「はい。この不肖の友からお聞きですか?」
 サリムの答えに、横のクィルネレスが軽く笑う。「不肖の、ね」
「君は少し威圧的だな。キール、いやクィルネレス。君のその不遜な態度に、王女殿下が戸惑っているように、俺には見受けられるが」
「俺はなんら含みはないぞ、常のやり取りをしているだけだ」
「ほら、それでは殿下に非があるかのような言い方じゃないか。配慮というのが足りない男だ、君は」
「うるさいな、何が言いたい」
 クィルネレスは笑っている。
 サリムはその友人をねめつけながら言った。
「いつも言っているとおりだ。周囲に角が立つようなもの言いはやめてくれ。僕の紹介も、ちゃんとザンメルク殿にしてくれたんだろうな?」
「…はて、こちらはあまり聞いていないようだが」
 ザンメルクが口を挟んだ。
「――ここで、サリム殿から直接みなさまにお聞かせ願えないかな?ウノッポスのどちらのご出身で?」
「なんだ…。本当に何も紹介していないようだな。名前と国を伝えただけか」
 サリムは少しあきれたようにかたわらの友を見やった後で、姿勢を正して話し始めた。

「ウノッポスを治めていたさきの王、テレビノースが私の父になります。テレビノースの四子、サリヌアークと申します。昨年の動乱以来、国が穏やかでないため脱出し、旧来の友であるこのキースの助けで、ここまで参りました。…しかし、辿り着いたはいいものの、これからの相談をすべき友がなかなか到着せず、ひたすら待ちぼうけをくわされていた、哀れな男でもあります」
「それは悪かった」
 爽やかに、しかしどこか堂々たる風格の調子のサリムに対し、隣のクィルネレスはひょうひょうと流すように言った。

「ウノッポスの王の息子…?」
 ザンメルクすら初耳だったらしい。王女たちとともに、彼は少しだけ眉をひそめた。

 ウノッポス国では、王が倒れたのち、その息子たちと叔父との間で政争が起こっていた。
 風の噂では、長男と次男は叔父に暗殺されたらしく、残りの息子たちは国外へ逃げて散り散りになり、実質叔父が統治者として勝利したようだった。
 
 マラダームはさらに困惑を深めた顔になった。
 …どうしてそんな微妙な立場の人間ばかりここに集めてしまったのか?
 後で、ルイアナの立場が危うくなるようなことにはならないかと、彼はやや複雑な目で客の男たちを眺めた。

「まあ、そうでしたの」
 ルイアナは内心ではやはり驚いたに違いないが、あまり困惑した様子は見せないまま続けた。
「それにしても、クィルネレス殿は…」
「キールでけっこうです、殿下」
 クィルネレスは親しみをさそうように微笑んで言った。
「その方が呼びやすい。友人たちはみなそう呼びますので」
 ルイアナは聞こえなかったように続けた。
「クィルネレス殿は、昨年の祭礼会議にも参加されておりましたわね」
「ええ」
「その時の議題ですけれど、アジオン市がラメロス市に――我々諸都市の許可なしに、いわば勝手に侵攻し、その地を平らげ、以後制したままであることに対しては、どう思われますか?あなたもお父上と同じお考えですの?」
 クィルネレスの目がほんの少し厳しい色を見せた。
 サリヌアークも黙って友の横顔を見つめている。

 祭礼会議とは、この地域の諸都市が集まって開かれる会議で、今後の方針を話し合い、都市が進むべき方向を決める大事な政治的行事だった。
 もちろん、クスキオンからはルイアナの父王が出席し、参加した都市の代表者をねぎらい、時には一年間に起こったことで、都市に問いただす場面も見られた。

(…アジオン市は、リーダーである王都クスキオンや、他の都市が止めるのも聞かずに、勝手に戦争を起こした…。そうして制した都市を今もずっと自分たちが治めている。
クスキオンや他の都市に統治を任せる気配も見せず、勝手なことばかりしている。
…都市の連合を乱す許しがたい行為だわ…。…でも、それを何もこのような場で、代表者の息子相手に問いたださなくても…)

 内心複雑な思いで見ているカロンと同様に、他の者も黙って見ている。

「――…さて、あなたは噂以上に恐いお方のようだ」
 クィルネレスの言葉に、ルイアナはたずね返した。
「あら、どんな噂ですの?ぜひお聞きしたいわ」
「頭の回転が速く、話術に優れ、並の男以上に頭が切れ、役人も正しく治める。…しかし、そのご聡明さを、王位について発揮されることはない、と。惜しむべきことですな。次期王がジョザンスキム殿下とは」
 これまた軽々しく持ち出すべきでない話題だったが、クィルネレスは平気で話題に上げた。
「君、その言い方は失礼じゃないか」
 隣で様子を見守っていたサリムが口を挟んだ。

「――…いいえ」
 ルイアナは、突然声を落とし、首を振った。
「先に、公の場での問題を持ち出したのは私です。今はザンメルク殿の邸宅で開かれた、極めて私的な集まりですのに。…私が出すぎだまねをいたしました。無礼を、平におわびいたしますわ」
 実際にルイアナは頭を下げて謝罪をしてみせた。

 サリヌアークは慌てたように手を出した。
「…そのようなことはなされないでください。…昔から、この男は不遜な態度で、しょっちゅう人の反感を買っては怒られてばかりいるんです。あなたが謝られる必要はない」
「友に冷たく、婦人に優しの人間だな、君は」
 クィルネレスが横から言うと、
「君は万人に冷たい人間のようだな。一度、温和な対話術というのを、ザンメルク殿にご師事いただくといい」
 サリムは冷たく返した。
「それはいい。――ザンメルク殿、どうですか。こういう弟子は」
 ザンメルクは膝を進めてきたクィルネレスに笑って見せた。
「――…さて、古い弟子だが、すでにそこに一人横着者がいるのでな。しかし、クィルネレス君。君は変わっていないようだ。相変わらず堂々としたつわものぶりでうれしい限りだよ」
 ザンメルクに水を向けられたマラダームが、会話に加わった。

「…ザンメルク殿、このクィルネレスさまとは、以前にどういったところで知り合われたので?」
「ああ、あれは私がアジオン市の近くに寄った時のことだ……」
 ザンメルクが昔話を始めると、みなそれに耳を傾けた。


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