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「――務めは無事果たしているようだな。ご苦労」

 ルイアナは久しぶりに会ったおじとその親族に、優雅な礼をして返した。その拍子に身につけた宝玉が触れ合って音を立てた。
「…神リアンナの僕にして、忠実なる徒(と)ルイアナは、喜びをもって、そして謹んで、ご挨拶申し上げますわ。おじさま。ミランド卿、ハンセン卿、そしてみなさま」
 おじはいつもの冷たい眼差しを冷ややかにルイアナに注いでいる。
「わたくしルイアナは、いつだってみなさまの温かいお心の上に生きているのだと、さらに実感し、感激する次第ですわ」
 ルイアナはいつもどおり繕ったように動きのない表情で、空々しいまでの美辞麗句を淡々と親族たちに述べた。
 おじはわずかに目を動かした。
「……お前か」
「さようでございます、閣下」
 身を飾り立てたルイアナは、突然その場でひざまずくと、深く首を垂れた。
 その後ろからしゃなりと歩いてきた美しい少女があった。

 飾り立てた宝玉の数、身につけた鮮やかな衣まで、そして青みがかった黒髪も、その足元で今額づいている少女と瓜二つだった。
 しかしその体に纏う気品と優雅さは、類まれなる得がたいもので、輝やかんばかりだった。

「――お会いできて光栄ですわ。おじさま、みなさま」
 親族たちはようやく気づいたようにざわめいた。「……気づかなかった!」「なんて挨拶の仕方だ!侮辱しおって」
「まあ、私の麗しい召使いは忠義振りを発揮して見せただけですのに」
 ルイアナはちょっとだけ目端を緩めた。それが面白がっている表情なのは、今ひざまずいている彼女の僕でなければ、見抜けなかっただろう。
「残念なことですわ。…ああ、申し訳ありません!」
 ルイアナは大声で言うと、突然後悔したように顔をおおった。
「…私が子どもでした。いたずらが過ぎました。…みなさまが驚かれると思っただけなのです。悔やんでいます!本当です」
「もういい!相変わらずひどい性根の娘だ」「何一つ役立ったこともできないくせに、人を騙す社交術だけは身につけられたのか。なんて奴だ」
 むしろ過去から現在まで、侮辱され続けているのはルイアナの方だった。
 しかし彼女はそんなことは気づいていないような顔で、優雅に親族たちを歓迎した。
「お会いできて本当にうれしく思います!みなさま」


 ルイアナはさっそく召使いたちに豪華な食事を饗させた。
 しかし親族たちは毎度のようにほとんど口をつけなかった。そして手際が悪いとか、味つけがおかしいとか、初めから終わりまでずっと文句を言っていた。
「胡椒が全然かかっていないぞ!まったく貧しいどころじゃない食事だ」
「申し訳ありません。今日はなんだか味つけを薄くしたい気分だったのです」

 カロンは複雑な顔で、ルイアナがわびるのを見ていた。
 前回は、味つけがひどく濃いのは、毒薬を紛れ込ませた時にごまかすためだろうとか、散々親族たちから難癖をつけられていたから、無駄だと分かっていても今回味つけを薄くしたのだろう。カロンはそのことを知っていた。
 この館の料理人たちはもちろん腕ききばかりだったし、普段はその料理に賓客から文句が出たことなどなかった。

「お前のところの召使いは、とんでもない料理を作るものだ。こんな食事を私たちが来るたびに平気で出すとは」
 しかしルイアナは、一度たりとも召使いたちに責任を転じなかった。
 相変わらず微笑んでいるのか驚いているのかも分からない表情で言った。
「申し訳ありません。胡椒の食べすぎは体に悪いという風評を鵜呑みにしましたの。でも、やっぱりこんな薄い食事ではみなさまに失礼に当たりますね。下げさせますわ」
「そうしたことは、言われる前にすぐ行うものだ。お前という娘は」
 ルイアナは一通り文句が過ぎ去るのを待って、口を開いた。

「……それにしても、先ほどは大変みなさまを驚かせてしまいましたわね。もう一度おわびいたしますわ。ですけれど、大分上達しましたでしょう?」
 カロンは慌てて表情を引き締めて背筋を伸ばした。ルイアナの親族たちが、カロンの方に目を向けたからだ。
「確かに似ている」
「似姿としては申し分ない」
「オステアン様の采配だ、間違いのあろうはずがない」
 ルイアナのおじ――オステアンはただ静かに座っていた。ここに来てからほとんど口を開いていない。

 今この場にいるのは、オステアンを筆頭とした、ルイアナの母方の親族だった。
 ルイアナの母は、ルイアナが三歳の時に病で死んでいた。それでとうとう跡継ぎの男の子は産めなかった。
 ルイアナの母以外の女も一族から後宮に送り込まれたが、なんの結果も出せなかった。ために、オステアンたち一族は苦渋を舐めているのであるが、せめても、ルイアナという望みは失うまいと必死につかまっているのだった。

 カロンはルイアナの腹心であり、護衛であり、いざという時の身代わりだった。
 オステアンはわざわざルイアナに似た娘を部下に命じて集め、何人かを侍女としてルイアナの側に置いた。結局、カロンを入れた三人が似姿兼侍従として残っていた。
 そこまでして一族がこの王女を守るのには、理由があった。ルイアナという頼みの綱がなくなれば、彼ら親族の地位は急速に下がってしまうのだ。そして、彼らはまだ野望を諦めたわけでもなかった。

「ルイアナ。ジョザンスキムと話を交わしたな。何を話した」
オステアンおじは唐突に口を開いた。
「庭を縮めよと言われました」
 親族たちはしんとして彼らの対話を見ていた。
 オステアンは言った。「それで?」
「私も世にならうつもりはありますし、庭を縮めても構いません。他の方々も私に続けて倣うでしょうとお答えしました。ジョザンスキムは私に、これ以上庭を広げないよう約束するよう仰られました。庭はこれ以上拡張いたしません」
「前回も言っただろうが……馬鹿げた噂がある。」
「庭の工事をする人夫だけでなく、それに紛れて武具をもった兵士まで私が館に集めているという、愚かな噂のことでしょうか?もちろんそんな事実はないことは、ご承知のとおりですわ」
「誰も問題にはしておらぬ。だが、広めた奴らが問題となる」
 ルイアナは静かにおじを見ていた。

 兵を集めているだの、不穏な動きがあるだの、誰が聞いても馬鹿げていると一蹴しそうな噂だったが、自分の身辺に絶えずその種類の噂が湧き出てくることに、ルイアナも強い不快感を抱いていた。それは親族も同様だった。
 …あからさまな工作、そして敵対活動。それはジョザンスキムと、その後ろの臣下や有力者たちの影をはっきり浮かび上がらせていた。

「お返しはしてさしあげなくていいんですの?」ルイアナが言うと、
「我々が黙っていると思っているのか」
 オステアンもまた厳しい声音で返した。そこにはカロンが見ていてはっと口を噤みたくなる恐ろしさがあった。
「お前は大して賢い策も出せぬ頭で口出しするな」
「分かりました、おじさま。お許しくださって」 ルイアナは大人しく返事した。
 それからいくつかの会話が交わされたが、カロンが見ていて心地よいと思える言葉は何一つ出なかった。
 ただきっと相手を見据えて、どこまでもまっすぐに視線を返すルイアナが、堂々としていることだけがカロンにとっての救いだった。


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