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 神殿ではほとんど毎日のように祭祀が行われていたが、大きな祭祀や、国の政治にも関わる重要な儀式には、王族も必ずといっていいほど足を運んでいた。

 儀式の時、ルイアナはいつも以上に複雑に髪を結って、銀糸金糸で精緻な刺繍をほどこされた絹の衣を身につけることになっていた。
 白檀や没香を焚き染めた衣はかぐわしく神秘的な香りを放った。霊力の象徴でもある様々な宝石を連ねた飾りが、冠やかんざし、首輪から垂れていた。

「――用意はどう?」
 ルイアナがたずねた。
 彼女は侍従と同じ、簡素だがなめらかな絹の衣を身につけていた。顔を覆う垂れが口元を隠している。涼しげな紺碧の瞳は、今細められていた。
「――はい」
 カロンは玉をじゃらじゃら鳴らしながら、立ち上がった。その横で髪に最後のかんざしを差し、セヌーンがうなずいた。
「いい感じよね?」
 ルイアナにたずねられたセヌーンは、こくんとうなずいた。
「重たいでしょう?」ルイアナはカロンの表情を見て言った。
「……とても」
「毎回毎回身につける私の苦労を、誰かに知らせたかったのだわ」
 優雅にのたまうが、もの慣れないカロンにしてみれば非常に苦労した。部屋を往復するうちに、次第に慣れてきたが。
「この冠は、素晴らしく重いですね、ルイアナ様」
「そうでしょう。素晴らしい重さなのよ。国の王女としての威厳の重さと思えば、でもまあむしろ軽すぎるというものだわ」
「はあ……」
 いつもしかめっつらで冠を頭にのせていたのは、ルイアナ自身ではなかったか。カロンは納得できないながらもうなずいた。
「あなたがこうして祭祀に行くのは初めてだったものね」
「はい…」
「緊張しなくていいわ。どうせ黙って立っているだけよ」
「はい…」
「お化粧があなたの表情を隠してくれるわ」
「はい…」
 カロンはセヌーンが差し出したたらいをのぞき込んだ。水に映った自分の顔が見える。

 ルイアナは目を際立たせる特徴的な化粧をしていた。複雑に結われた王族独特の髪型と、きらびやかな衣装。その三点が見事にカロンをルイアナらしく見せていた。
 似姿というのは、万一の際に身代わりになるのが一番の目的なのだから、こうもちょくちょく入れ替わる必要などないのだが。
 ルイアナは訓練だとのたまわっていたが、おそらく状況を楽しんでいるだけだろう。
 神殿に入る前には大勢の人々を前にしなければならないし、大臣など、近しい人々にも会う。今までにも危ない綱渡りはしてきたが、相手にする人間が少々多すぎる気がした。

「ルイアナ様……」
「まあ、とってもよく似合っていてよ。――殿下」
 これ見よがしに最後を大きな声で言うと、ルイアナは優雅な身のこなしでするりと抜け、自身は先に外へ出てしまった。
 ルイアナは少し前から、徐々に側に控える召使いを入れ替えていた。紛れ込む間諜を気にしているのもあったが、カロンとこうした入れ替わりをしていることを気づかせたくないからのようだった。
 もちろん、入れ替わる際には重々気をつけていた。今だって、たった三人で狭い部屋に篭って着替えていた。ルイアナは朝から特別気難しげに振舞って、お気に入りの侍女にだけ今日は身支度を手伝わせるのだという風に振舞っていた。
「――大丈夫よ」横に立っていたセヌーンが突然呟いた。「それらしく見えるわ」
「それらしく、じゃ困るわ。そのものに見えないと」
「じゃ、そう振舞うことね」
「……」
 セヌーンは几帳面な手つきでてきぱき化粧道具を片づけると、さっさと外に出た。
 カロンもため息をつき、足を踏み出した。

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「殿下、お早く。時間が迫っておりますゆえ」
 古参の侍女が玄関先で言った。彼女は優秀で非常に厳しい性格の女で、カロンにも厳しく指導に当たっていた。
「――ええ、分かっているわ。出してちょうだい」
 カロンは少し居心地悪く思いながら、あまり彼女の方は見ないようにして輿に乗り込んだ。
 方形に組まれた木に、その上に浮き彫りで彫刻の施された台座が乗っている。頭上に天蓋があるものの、左右を遮る壁はないので、見晴らしはすこぶるいい。八人の奴婢が抱え上げて、輿は動き出した。
 ルイアナやセヌーンは上等の侍女としてすぐ後ろを徒歩(かち)でゆき、残りの従者たちはぞろぞろその後ろについて来ているはずだ。カロンはどきまぎしながら輿に揺られていた。
 祭祀にはお供として何度もついて行っているし、間近にルイアナの挙動を見ている。細かい振舞い方や受け答え方は一通りルイアナから言い含められていた。それでもカロンは、重いため息をこぼした。
(殿下ったら……。本当に、決めたことはしてしまわれるのだから……)
 仰々しい輿に乗っていると、気分が落ち着かない。カロンは遠くに神殿が見えないかと目を凝らした。


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